シカミミの引用日記

かつて「引用日記」というものをtwitterで書いていました。自分が気持ちいいと思う文章を引用し、それにコメントをつけていくという作業を、140字の枠のなかで日々行なっていました。時期でいえば、2010年の8月から約半年、つまりは大学4年生の期間に当ります。まだデモも放送もイベントも手掛けていない暇な頃です。

ご覧いただければわかると思いますが、大学4年生の思考や記述にしてはかなり幼く、拙いものです。考え方も今とはまるで違う。正直言って、今すぐにでも消去したい衝動に絶えず駆られています。今でも自分は青臭いと言われるようなことをしていますが、引用日記時代の青臭さは、「あえてする」の感覚抜きにナイーブな自己意識がそのまま出てしまっている、いわば「事故」みたいな衝撃があります。

それでも改めてそのまとめを掲載しようと思うのは、たとえ自分がその“青い”時期を越えたとしても、今の誰かはまさにその時期に差し掛かっているかもしれず、そんなときにかつて自分を気持ちよくさせた言葉が、他の誰かをも気持ちよくさせる可能性があると想像するからです。言葉は自分で消費して終わるものではありません。自分が通り過ぎた言葉は、誰かが拾ってまた新鮮に食べてくれる、その繋がりを生むことが、言葉の面白さないしは生きる望みです。

twitterの使い方が忙しさと比例してイベントの告知版になっていき、引用する行為も自然とやめてしまいました。しかし「言葉を友達に持つ」という考えだけは今でも変わっていません。言葉との出会いは人間との出会い同様に、あるいはそれ以上に自分の生を支えてくれる。そんな出会いの機会を少しでも多く作るために、もう一度、引用日記を掲載したいと思います。

最後に、青い言葉を添えて。

“死ってなんだろう、どうして働くのだろう、そんな疑問に直面した時、言葉との出会いが整ったといえる。その心の発動を大事にして、言葉を追いかけ、言葉と格闘し、言葉と友達になる。言葉を友にした者は強い。悲しい時、辛い時、嬉しい時、友は最も近くで語りかけてくれる。一人でも独りじゃないのだ。”(2010年12月の引用日記より)

引用日記まとめ10(アンドレ・ブルトン)

201008/26

引用日記のテーマ「存在」2010年8月26日   アンドレ・ブルトン『ナジャ』(新潮文庫)より引用。   「私は誰か?めずらしく諺にたよるとしたら、これは結局、私が誰と『つきあっている』かを知りさえす…

引用日記まとめ9(太宰治)

201008/24

引用日記のテーマ「存在」2010年8月24日   存在の軽さは死を先駆的に覚悟することで耐えられる。今回の引用日記は、死を思い続けた太宰治を取りあげる。彼を「諧謔的・破滅的な」といった視点からみるのではなく、死…

引用日記まとめ8(ミラン・クンデラ)

201008/22

引用日記のテーマ「存在」2010年8月22日   前回のつぶやきが「存在への問い」で終わった関係で、今回からのテーマは「存在」とします。 引用日記、今週のテーマは「存在」。   ミラン・クンデラ『存在…

引用日記まとめ7(中島らも)

201008/20

引用日記のテーマ「死」2010年8月20日   引用日記、今週のテーマは死ですが、今日は小休止。頭のマッサージに、中島らもさんを引用します。『中島らもの特選明るい悩み相談室その3ニッポンの未来編』(集英社文庫)…

引用日記まとめ6(池田晶子part2)

201008/19

引用日記のテーマ「死」2010年8月19日   昨日に引き続き、哲学者の池田晶子さんを引用。大峯顕・池田晶子『君自身に還れ』(本願寺出版社)より。住職さんとの対談本です。今ここに自分がいるという不思議の実感、そ…