別冊スクラップブック
フォークからフォークロックへの発展を遂げる際、ボブ・ディランのロック化は難航していたらしい。単にフォークギターをエレクトリックギターに持ち替えるだけの話ではなかった。メロディを不明にする細切れのヴォーカル、繋がるところで繋がらない独特のフレージングは、当初ロックのリズムに合わなかったという。
≪Mixed-Up Confusion≫(邦題「ゴチャマゼの混乱」)はその悪戦苦闘を示す例として知られている。一度シングルとして発売したものの、不出来さゆえに回収する事態となり、ロック化への最初の挑戦は失敗に終わった。また、フォークロックへの道を切り開くことになるアルバム『Bringing It All Back Home』(65年)においても、収録曲≪Bob Dylan’s 115th Dream≫(邦題「ボブ・ディランの115番目の夢」)の冒頭では、バックバンドがディランの歌に入り損ねて笑い合うミステイクが収められており、周囲の“混乱”を物語る。
中山康樹氏は『ディランを聴け!!』のなかで、ディランのロック化(65~66年)はマネージャー、プロデューサー、レコード会社の命題となり、またディランも妥協しなかったからこそ、アニマルズでもバーズでもない新しいフォークロックを生むことができたと指摘する。今となっては必然の歩みのように把握されているが、ディランたちは躓きながら音をつかんでいったのだ。
ぼくの文章(思考)もそんな“ロック化”の道を歩んでいると言えよう。「スクラップブック」を連載することで、今までにはない表現を身につけ始めている。もとより人文系の空気を吸い、抽象的な概念を好んでいたが、段々と医学や生物学を中心とする“バイオ系”の要素が加わりつつある。たとえば『臆病なウサギたちの挑戦』にはそれが如実に現れてきており、今までなら文学的ともいえるレトリックを駆使して「不安は悪くない」と表現していたところ、バイオロジカルな発想で明瞭に伝えようとする姿勢がうかがえる。
これは自分にとっては未知の世界であり、“プロデューサー”(菩提寺医師)の存在なくしては踏み込めなかった領域だ。詩的な感覚で垣間見た言葉に力強い根拠を与えるバイオは、まさにエレキのようにしびれた。もちろん、ディランがそうだったように「移行」は簡単に済むものではない。“ミステイク”を重ね、徐々に理想のサウンド(言葉の響き)に近づいていっている。自ら思うに、ロック化ならぬ“バイオ化したシカミミ”はかつてのシカミミの否定ではなく、むしろ自分の感性や表情を最大限に引き出すために「新しい楽器」を鳴らそうとしている。そしてエッセイ(試論)という形式はその実験に適しており、新たな表現を模索するためのスタジオと化している。
一方、ディランはロック化した後もフォーク風なアルバムを作ってみせたり、声をつるつるにしてみせたりと、自由に歌い続けた。ぼくも折に触れて肩ひじ張らずに「フォークを歌いたいなあ」という気持ちになることがある。
前置きが長くなりましたが、例えるならそういうフォークな感情に根ざしたエッセイを書く場がこの「別冊スクラップブック」です。ここにはおもに散歩で出会ったものを取り上げたり、お気に入りのものを紹介したりしながら、スクラップブックの未発表の原稿(アウトテイク)も掲載していきます!
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