第30回『原恵一監督に聞いてみた』

201710/16

 

 10月25日より開幕する今年の東京国際映画祭。特集の一つにすでに話題を呼んでいる「映画監督 原恵一の世界」があり、自分も何度涙したかわからぬ『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』(2001)などをスクリーンで観に行く予定を立てている。

 

▼第30回東京国際映画祭 アニメーション特集「映画監督 原恵一の世界」
http://2017.tiff-jp.net/news/ja/?p=43726

 

僕がこの特集に関心があるのは劇場版のクレヨンしんちゃんや『河童のクゥと夏休み』(2007)といった作品が好きなこと以外に大きな理由がある。それは原恵一監督は僕と同じ郷里、群馬県館林市の出身であるということだ。

 

そしてこの度、日本映画大学の授業で原監督が特別講義を行う機会に恵まれたため、休暇中ではあったもののもちろん駆けつけた。初めての対面である。

 

学生たちと交わされたトークについてはいずれ記事になるだろうから割愛し、ここでは彼らにまじって問いかけてしまった質問を恥を忍んで記したい。

 

原恵一監督

 

 突き詰めれば一点、故郷が作品世界に反映されているかどうかということ。また今現在、館林には映画館がないが原監督はどうやって映画に触れてきたかについてお聞きした。

 

するとやはり昔も「文化的な環境には乏しかったよ」と原監督は言い、お隣の足利市(栃木県)まで出向いていたことを明かして下さった。時には自転車で行くこともあったという。

 

自分もまさに同じような体験をしていたので、思わず嬉しくなってしまった。文化のあるなしではなく、ただ単に同じ道路を歩いていた、同じ空気を吸っていたという共通点に。

 

監督は「生まれた土地」という意味での”故郷”にはあまり良い思い出はなく、自身の作品に与える影響をきっぱりと否定。むしろ東武線上の終着点にある浅草の「花やしき」に家族といった記憶などが温かな「原風景」として心に描かれているとのことだった。

 

これもはたと膝を打つ。足利も浅草も東武伊勢崎線で文字通り繋がっている。つまり故郷とは生まれた”点”ではなく、鉄道で結びつくような「線」なのではないかという見方ができる。もとより群馬県南部に位置する館林は栃木・埼玉との県境に近く、県をまたがり市町村に接している。それは「両毛地区」とも呼ばれ、行政区分を越え出た文化や経済の交流が盛んである。「点」としての故郷はあってなきが如し、といった場所なのだ。

 

 原監督からはこんな話も続く。「利根川にかかる鉄橋があるでしょう。川俣駅と羽生にまたがる。あそこを電車で越えると意識が変わって、行くときはもう東京気分に、戻ってくるときは逆に帰ってきたあという気持ちになる。」

 

 

わかりすぎてマイク越しに激しく頷いてしまった。あの利根川の鉄橋を越えると身体レベルで何かが変わる。そんな感覚を共有している映画監督は原恵一さんをおいて他にいるだろうか!!

 

地元トークで盛り上がり、学生をはじめとする聴衆の方々にはご迷惑をおかけした。そう詫びると監督は「いや、誰の故郷でもそういうことはあるでしょう」とフォローを入れて下さった。何かしら「映画監督:原恵一」に迫る情報を学生たちに提供できたなら幸いだ。このローカルな話、東京国際映画祭じゃ誰も聞き出せなかったぞ。

 

とはいうものの……原監督の実家は館林の多々良であることがわかり、その場所まで教えていただき、立ち寄った際には御母堂に挨拶してくれても構わないという話は(自分にとっては感動でしかないが)、ローカルすぎて置いてけぼりにしてしまったことだろう。

 

 トーク終了後にはパンフレットにサインをいただいた。「ぜひ館林で凱旋上映を!」と申し添えると、「いや一度も館林からそういう話が来ないんだよ」と苦笑されていた。東京国際映画祭で特集が組まれてなぜ地元ではただの一本でさえ上映したことがないのだ! と義憤にかられた。自分の目標が一つ、見つかったかもしれない。

 

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