第41回 ウォークマンのために歩く

201801/07

 

年明けからけっこう歩いた。Bluetoothスピーカー目当てに買った福袋に、ハイレゾ対応ポータブルプレーヤーもあわせて同梱されていたため、せっかくなので周辺機器をそろえてみようと町に繰り出していた。

 

 

箱に入っていたのはソニーのウォークマン(NW-A35)。“WALKMAN”という商品を手にしたのは14、5年ぶりではないだろうか。なんといっても、自分が持っている前の機種はカセットテープのそれだ(文末に写真あり)。MDプレーヤーは別の会社のものを使っていたし、その後ソニーが足踏みしているうちに自分も例にもれずiPodユーザーになっていた。そして今はデバイス(iPhone)に曲そのものは取り込まずに、音楽配信サービスを利用し必要に応じてストリーミング再生をしている。

 

それゆえ、急にまた‟WALKMAN”と再会しても困ることが色々と出てきた。まず、使えるイヤホンがない。現在、完全ワイヤレスの「AirPods」を使用しているが、これをBluetoothでウォークマンに接続すると音量が調整できない。最大出力でかき鳴らされてしまうため、試したときには鼓膜が破れるかと思った。SonyとAppleは商売敵であることをすっかり忘れていた。規格統一が進んだ最近の環境に慣れすぎてしまい、一昔前の常識にほこりがかぶっていたようだ。

 

次にCDドライブがない。お金をかけずに手っ取り早く楽しむには、手持ちのCDをPCにインストールするのが一番だが、先述の通り久しく「音楽データを取り込む」ことをしていないので、いま使っているSurfaceにもCDドライブは備わっていない。それでまったく問題なく過ごしてきた。配信サイトからわざわざ音楽を購入するのも、プレーヤーで音を試す前にはリスクがある。

 

というわけで、新年は「外づけCDドライブ」と「有線イヤホン」を探し回るという、2018年にして時代錯誤感が半端ない行動から始まった。スリムなPCにごっついドライブをつけることにためらいを感じつつも、最寄りの家電量販店で難なく選ぶことができた。問題はイヤホンである。音質で選べば価格上きりがないから、困った時のフィリップス――PHILIPSはお手頃でもそのクラス以上の音が出ると経験上判断。ただし壊れやすい――と心に決めていた。でも定番の「SHE9700」シリーズはどこでも品薄で、特にハイレゾ対応しているという「SHE9730」は外箱さえ見当たらない。新宿、池袋それぞれのビックカメラ、ヨドバシ、ヤマダ(家電三銃士)を人波でごった返す町を乗り越え探し歩いたが、どこも売っていない。

 

あると踏んだのにはわけがあり、Amazonでは売られているからである。ではAmazonで買えばいいじゃないかという話になるが、足で探したほうがトレジャーハンターみたいでわくわくしませんか。とくに音楽関連のものは。ディスクユニオンでレコードをパタパタやって「うぉー! あったどー!!」と興奮するのは、不合理ながらもアリではありません? そうやって得た曲に針を落とすとき、苦労のぶんだけ付加価値がついた気がしてより“いい音”に聴こえることもあるんです。

 

イヤホンもしかり。それに試聴する必要性もある。でもない! どこにもない!! だからAmazonで買った。

 

 

ドライバー不足が深刻な昨今でも次の日には送られてきた。にわかに敗北感が押し寄せ、なんでオレは歩いていたんだろうと馬鹿げた気持ちにもなったが、たぶん来月あたりまた懲りずに宝探しを楽しんでいる自分が想像できる。

 

さて、さっそくウォークマンに1枚アルバムを取り込むことにした。こういう時に最初に試すのはボブ・ディランの「追憶のハイウェイ61(“Highway 61 Revisited”)といつも決まっている。好きな楽曲が詰まっているのはもちろんのこと、個人的にさまざまな音源を持っているので音の聴き比べがしやすいからだ。たとえば簡単に見渡しても、

・「追憶のハイウェイ61」通常CD
・「追憶のハイウェイ61」紙ジャケ版
・「追憶のハイウェイ61」リマスター版CD
「追憶のハイウェイ61」モノラル版CD
・「追憶のハイウェイ61」ブルースペックCD
「追憶のハイウェイ61」レコードUSオリジナル盤

が視界に入り、部屋を分け入ればより多くの音源が眠っている状態。レコード会社は「高音質」を謳って同じタイトルを次から次へと発売し、毎度「もう買わんぞ」と自分に誓っていてもこのあり様である。そして来ました、ハイレゾ(Hi-Res)の波! 俗に「CDよりも高音質」と宣伝されているが、それを聴くためには音源とそれを再生できるプレーヤーおよびヘッドホンが最小限必要になる。

 

だがしかし……だが、しかし!

 

レコード会社がまずこぞって手を出すのはいつも「名盤」からである。当然「はるか昔」のアルバムがずらりと並ぶ。“Blu-spec CD”や“SHM-CD”のように「記録メディア(CD)」の品質向上により高音質になるというのなら理解しやすいが、「音源」そのものをハイレゾで配信します! というのは「ディランにもう一度歌わせるのかい!?」と突っ込みを入れたくなる。

 

「追憶のハイウェイ61」に限って言えば発表は1965年で、音源はもはや半世紀前の‟文化遺産”として登録されていてもおかしくない。疑似的にハイレゾ化するのではなく、もっとも正しいハイレゾ配信のあり方は、ディランを「今」スタジオに連れ込んで、よぼよぼであろうが「先生、あの時の感じで!」とマイクの前に立たせて「ハァ~ダズィ~フィ~ル(How does it feel)」と発話させ、すかさず今のハイレゾ技術で録音することではないだろうか。

 

ノーベル賞授賞式にも姿を現さなかったディランが、のこのこと‟ハイレゾ録音室”にやってくるとは思えないが、「新音源」のような煽り文句で名盤を買わされ続けるファンの心情と財布を察すれば、それくらいのサービスを求めたいところ。

 

ここまで長々とハイレゾに注文をつけてきたが、一方で「疑似ハイレゾ」も悪くはない。というか、かなり良くって反省。ブルースペック版のものをPCに取り込み――この時点で‟スペック”は無効化されるが気持ちとして‟一番良いやつ”で入れたい――ウォークマンNW-A35に転送。それをハイレゾ対応イヤホンSHE9730で聴いてみると、「おお、隣にディランがいる」と感じたのが最初の印象だった。

 

もともと「追憶のハイウェイ61」はモノラルで録音され、ひとつの音の塊となって厚みを持ちながら聴こえてくるのが好みだった。そのため、やはりレコードのオリジナル版がその空気感をいちばん良く再現していたように思う。(即興性あるバックの演奏にハモンドオルガンが絡み合い、もこもこと響き合って独特な空間を演出する。)

 

それが今回、ハイレゾ相当の音源にアップスケーリングする機能や、このウォークマンが理想とするイコライザー設定(ClearAudio+)を使って耳にしてみると、まるでスタジオの中に入ったような感覚を得ることができた。マイク・ブルームフィールドのギターの運指や、オルガンに向けて体を倒しコードをなぞろうとするアル・クーパーの姿が、ありありと目に浮かんできたのだ。ディランのざらざらしたヴォーカルにも心なしか脂がのっている。

 

レコードが奏でる「音の質感」は、そのメディアと分かちがたく一体となった表現としての味があり、ハイレゾはハイレゾで「音の現場」をのぞいているような臨場感がある。どちらが良いかは、つまるところ自分が音に求める世界観や好みによるだろう。

 

音楽を聴く楽しみというのは「良い音」を求めれば得られるということではなく、その過程で「自分の音」と出会うことにあるのではないか。ハイレゾはあくまで「いろんな音のうちの一つ」に過ぎず、自分の音に出会うまでの選択肢を増やしてくれた、それくらいに思っておいた方が身のためだ。そんなことを財布を開きながら考えた。

 

だいたいプレーヤー、イヤホンがハイレゾになっても、自分の耳に「Hi-Res」マークがついていなければ、元も子もないわけだ。その点、僕は自分の耳に自信がない。なぜならカセットウォークマンを起動し聴いてみたら「良い音じゃん」と思ってしまったくらいだから。