妻鹿日記(181)ヤクルト劇場大団円
妻しか(鹿)日記
登場人物: 私…鹿 妻…妻
第181回:妻としか泣かない
* * *
最終戦の最終打席、村上選手が放った56発目の白球が流れ星のようにライトスタンドに消えていくのを見ながら、これはすごいことが起こったぞと妙に冷静な心持ちになった。たぶん、感動を通り越した先に感情を見失い、菩薩のような境地に達していたのだと思う。
こんなことがあるのか。いや、あっていいのか。妻が隣で“映画よりもおもしろい…”とこぼしたように、これではドラマの書き手が困ってしまう。
すごい記録を打ち立てる者がスターだとすれば、その記録性に加えて“ここぞのドラマ”を作れる者が、スーパースターと呼ばれるのだろう。
ドラマには「伏線」もある。ハリウッド式脚本ではないが、55号という「第一関門」を華々しく突破した神が、多くの予想に反して長いスランプに陥り、人の子であることを露呈する。
同時に狙う三冠王の打率が「最大の試練」としてのしかかり、ライバルの奮闘によって、村上選手に最後に許された打席は3つとなった。これを超えて凡打をすると、打率が2位に後退するからだ。
迎えた当日。超満員の神宮球場。レジェンドたちの引退試合も同時に進行していき、異様な熱気のなかで村上選手は打席に立つ。
しかし、第一打席はセカンドゴロ。ここで村上選手は「起死回生」の秘策に打って出る。
第二打席はコンパクトに振り抜き、レフト前へタイムリー。この安打によって打率がわずかに上昇し、残り“使える打席”が増えた。
当初の終幕だった第三打席がファーストゴロに打ち取られ、第四打席に臨んだ村上選手。
打席を“付け足し”て得た本当に最後の最後の機会に、神は「復活」を果たした。球場を去るレジェンドからヤングスワローズへの「継承」という象徴的なエピローグを伴って……。
――なんだこれは『ドカベン』か!? はたまた『ヤクルトの星』か。鹿を含む多くのファンが絶叫の形をした絶句状態にしばし置かれた理由は、一挙にこの間の出来事が脳裏をよぎったからである。
コメントを残す