妻鹿日記(172)先輩、ごめん。

202205/18
Category : Notes妻鹿日記 Tag :

妻しか(鹿)日記

登場人物: 私…鹿 妻…妻

第172回:妻としか泣かない

* * *

バットを振り抜いた大きな体躯がライト側に傾いた。それが夜空を見上げる形に変わり徐に動き出すと、一塁ベースまでたどり着くことなく、そのまま歓喜の輪に飲み込まれた。

ベンチからサヨナラ犠牲フライを見届け、まっさきにその巨体に飛びついたのは、この日、1500試合出場の栄誉を受けた最年長野手だった。直前に放った起死回生の同点打。代走を出されたあと、みずからが作った最大のチャンスをつないだのは、同じく不振にあえいでいた助っ人外国人。

我々は、彼らが悔しそうにバットを地面に叩きつける音を、これまでに何度聞いただろうか。ときに非難の声を挙げられ、期待もされない状況もあった“マイノリティ”のふたりが、スタジアムの照明で光り輝くシャワーのなかで抱擁する姿など、試合前に、いや最終回を迎えても、だれが想像できただろう……?

――アオキとオスナ。実況が思わず「短編映画」と呼んだこの試合の主人公。妻も鹿も、むせび泣いた。

コメントを残す