妻鹿日記(134)中庸と反復
202101/04
妻しか(鹿)日記
登場人物: 私…鹿 妻…妻
第134回:妻としか住まない その23
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明けましておめでとうございます。今年も映画コラムやその他エッセイ諸ともどうぞよろしくお願いいたします。
年始に『天気の子』の放送をみて、“雨が降り続く世界で陽菜(あるいは帆高)がいないひとはどうすればいいのだろう?”と感じたのが、引き続き今年の文筆のテーマになりそうです。
一方で生活の抱負というのは“あえて掲げない”ことの意義を思うようになりました。
天変地異が珍しくなくなった世界において、日常のありがたさが実感される今日このごろですが、その日常を支えているのは“繰り返しの行為”です。
仕事、家事、ひとによっては育児や介護。当たり前のことを当たり前にこなしていく難しさといったら……。
そういったなかで、新しいことをするのはある意味簡単で、自分に厳しくいえば“逃げ”とも受け取られかねません。一時期はやった自分探しのように。
自分はここにしかないし、将来の自分もいまの延長線上にしかない。「継続は力なり」とはよくいったもので、努力の重要性はもちろん、それを続けることの難しさを説いています。生易しいものではないから、力になる。
スポーツの分野ではその力は“ルーティン”として認められて久しいですが、サラリーマンのそれは出勤し、仕事をして、帰ってくることでしょう。
鹿|(T_T)
妻|。゚(゚´Д`゚)゚。
これを繰り返し、大事を成すかはわからないけど大病もせず、何事もなかったかのように年末のジャニーズカウントダウンでまた踊れたらならば、万々歳。見えない努力を重ねていく1年としたいです。
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