GW見聞録2019①「銭湯にて」
下町にほど近いスーパー銭湯に行ってみた。サウナは数少ない趣味のひとつである。
風呂場の扉を引いて驚いた。水着のおばさま方(以下、銭湯おばちゃん)が、アカスリ部屋でもなんでもない浴場内に立っていて、お客さんの背中を流している。
これが名物の「背中流しサービス」だという。でもちょっと恥ずかしいから利用者なんているのかなあと観察していたら、客が途切れることがない。それはもう、まったく、途切れない。
たしかに誰かに背中を流してもらうことは気持ちがいい。しかし需要はそこではなく、銭湯おばちゃんのコミュニケーション力にあることがわかってきた。
おじさんたちは語る。「親の介護がさ…」「紀州のドンファンってやつあ…」「令和ってどうだい…」等々。
うち、2名が白内障の相談だった。おばちゃんたちは、どのフリも見事に返していく。つまり「引き出し」が多い。ドラえもんの“四次元ポケット”並みにある。
だいたいが「人間はいつか死ぬから気にしない」の線に落ち着くのだが、そのスキルはさながら優秀な営業のようだった。
ぼくは勉強になるからと、のぼせるくらい湯船に浸かって会話に耳を澄ませていた。
そして理解した。「知識」がたくさんあるから答えられるのではない。「傾聴」の姿勢がおじさんらの口を割らせているのだと。
みんな「話を聴いてもらう」ことに飢えている。だから背中流しを口実に、お金を払ってまでおばちゃんを指名する。
これは商売になるなと思った。“銭湯おばちゃん隊”を組んで、各銭湯に派遣する。
だが、これってたぶん、スナックのママさんが日々やっていることに近いような。そこのお代は、酒や乾き物に対してではなく、「話すこと」と「聴くこと」の関係に生じている。
「いいものを見たぜ」とほてった体で話を共有すると、「つぎは絶対に自分がやってみて」と言われる。
「いや、でもオレ、短髪だからすぐに終わっちゃうと思うんだけど」
「そしたら延長して。それでなにか話してくれば?」
延長か…。そういえば、背中流しが終了しても、控室に向けてしゃべりつづけているおじさんがいた。
会員になったので、近くまた行く。今度は「体験談」としてリポートするかもしれない。
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