ゆとり世代覚え書き(就活から脱就活への蜂起の言葉)

201207/09
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もしかしたらあなたの子供は滝に打たれているかもしれない、というところから始めよう。温かいゆりかごから20余年、巣立ちの時期を迎えた彼らは、吸い寄せられるように滝に導かれる。「滝行で内定獲得へ[1]」。就活難に苦しむ若者たちは、寒さに震えながら滝に打たれ、「内定獲得」への決意を新たにしたという。このようなセミナーを、あなたは馬鹿らしいと思うだろうか。その通り、茶番である。平均、50社から100社あまりの企業にエントリーしながらも[2]、「御社に決めた理由」を笑顔で語り続ける日々。早期化かつ長期化する就活にお金も身体もすり減らしてゆく。何かがおかしいと思いつつも進んでしまう自分に、だんだんと引き裂かれてゆく心。滝行はそんな茶番につき合わされた若者の行き着く先にある。働きに出る前に、すでに藁にもすがる思いで弱り果てている若者たち。みんなタフとは限らない。就活を苦に年間150人が死んでいる[3]。学生の自殺者は2011年に調査以降初めて1000人を超えた[4]

 

 

さて、死をかき分け、 文字通り苦行の末に内定を得たとしよう。「新人研修は自衛隊入隊[5]」という記事がある。小見出しには「ゆとり世代の鍛え方」。いわゆる「ゆとり世代」の新入社員を即戦力として鍛え直したいと考える企業が増えているようだ。またしても荒行である。一体なんの「戦力」にするつもりなのかという疑問はさておき、滝をくぐり抜けた先に見るのが、自衛隊の訓練場だというのは、笑えない話である。2泊3日、一人5000円という破格の値段で駐屯地に送り込まれる新入社員には、悲哀さえ感じる。

滝を抜け、匍匐前進し、ようやく職場が見えてきたとしよう。ここでは「入社2か月で自殺・労災と認定[6]」という記事が目を引く。大手居酒屋チェーン店に勤める26歳の女性が、過労と精神的負担により入社してすぐに自殺に追い込まれた。手帳に記された日記にはこう書かれていたという。「体が痛いです。体がつらいです。気持ちが沈みます。早く動けません。どうか助けて下さい。誰か助けて下さい。」このように過酷な労働を強いる「ブラック企業 」は、不景気とあいまって日本全国に存在する。やっとの思いで手にした仕事でも、また鞭を打たれる。日本の労働時間は世界で2番目に長く(2011年OECD調査)、職場でうつ病を患う若者は決して少なくはない。また、65歳定年制の義務化により、新入社員の昇給率を抑える企業も出てきている[7]。これが、日本の就活戦線を勝ち抜いた若者が発見する「約束の地」なのである。日本は就職できずに自殺する若者がいる一方で、過労で自殺に追い込まれる若者もいるような、「出口なし」の労働環境にある。

 

以上、「修行(就活時)→訓練(入社時)→ブラック企業(勤務時)」と想定可能な進路を見てきてわかるように、働くという行為を支えているのは現代では「精神論」である。そして労働世界の虚構を知りたければ、若者が置かれている状況を常に見ればいい。虚構を維持するために生じる様々な矛盾が、そこに押し寄せられているからだ。例えば、滝に打たれろと言うものの、就活という煩悩まで消し去ってはならない。あくまで、解脱せずにお金の輪の中にとどまることが求められる。また入隊せよと言うものの、武器を取って立ち上がってはならない。管理に都合がよい精神だけを身につけて帰ってくればいい。今ここに、若者の精神をめぐって数多くのビジネスが展開されている。賃金の動機づけや消費の快楽を与えられない現代の労働は、働く者(働こうとする者)の精神に直接的に介入することによって、壊れかけた幻想の底を取り繕う。もはやうまい「嘘」をつけなくなった時代の放つ剥き出しの力である。それは精神を牛耳り、労働者あるは就活生という名の「信者」を増やしてゆく。

 

滝に打たれ、基地に送られ、晴れて落ち着く先はブラック企業。今の若者は“クソゲー”をプレイさせられている。このゲームのクリアは精神を囚われずに「脱出」することだ。2011年11月23日に新宿で行われた「就活ぶっこわせデモ」は、その萌芽を示すものだった[8]SNS上での呼びかけに応じて、就活に不満を持つ100人以上の若者たちが集まった。持ち寄った言葉は理論的でもなく、実践的でもなかったかもしれない。デモをしたくらいで就活状況は変わらないだろう。しかし、いまここで叫ぶこと、すなわち精神の脱出を図ったことにこそ、大きな意味があるのだ。彼らが掲げていたプラカードの一つに「ゆとりにゆとりを!」というスローガンがあった。これこそ、今の若者の「蜂起」の言葉である。これまで見てきたように、ゆとり世代には実はゆとりがない。精神を縛られ、きつい道を歩いている。その途上で命を落とす者もいる。こうした状況のなかで、むしろ真にゆとりになるべく行動を起こすことが、いま、ここでの蜂起となる。

だから、「就活の拒否」は甘えではなく蜂起である。クソゲーを誰もやりたがらないのと同様、就活は早く捨てたほうがいい。では就活のオルタナティブはあるのだろうか。沈みかけた大きな船の舳先に上っていくのは“死亡フラグ”である。しかし現に起きていることは、経済や企業の不安定さが明らかになればなるほど、我先にしがみつこうとして競争率が上がっていくさまである。繰り返すが、この沈没する“クソゲー”をクリアするには、そこから小舟を海に浮かべて「脱出」することが必要なのだ。その試みを称して「脱就活」と呼ぼう。これはいわゆる「起業」とは違う。社会には①自助の次元(市場での競争)、②公助の次元(国家による再分配)、③共助の次元(社会での助け合い)と三つの次元があるが、就活や起業は①自助=経済の次元で語られ、脱就活は③共助=社会の次元に位置づけられる。起業というのは、結局、自助的な世界の競争に参入するように見え、オルタナティブな脱出口を提示してはいない。社会のなかに、ともに助け合うための仕事をつくり、小舟のごとく生活空間を浮かべていく脱就活の営みは、「創職」と呼びたい。そして、「好きを仕事にする」でも「仕事を好きになる」でもなく、「好きな人と仕事をする」という関係性を社会に築くことを脱出=蜂起の言葉としてあげたい。就活や労働に出口がないように見えるのは、仕事を自分との関係のみで(すなわち自助の次元で)捉えているから。「脱就活」の概念は、そこに共助の次元を創って突破口を開く。おそらくそれは、ゆとりたちの連帯「ゆとりにゆとりを!」によって開かれるだろう。

 


[1] 「滝行で内定獲得へ」2011年11月24日付のYOMIURI ONLINEより。
http://www.yomiuri.co.jp/stream/m_news/vn110124_1.htm?from=tw

[2] 「RECRUIT実施 2011年3月卒大学生・大学院生 『就職活動実態調査』」より。
http://www.recruit.jp/news_data/data/job/J20100720/docfile.pdf

[3] 「就活失敗し自殺する若者急増…4年で2・5倍に」2012年5月8日付の読売新聞より。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/syuukatsu/snews/20120508-OYT8T00805.htm

[4]「昨年、大学生らの自殺 初の1000人突破 就職失敗で孤立感」2012年6月9日付の産経新聞より。
http://news.livedoor.com/article/detail/6641653/

[5] 「新人研修は自衛隊入隊」2012年6月12日付の日経産業新聞、22面より。

[6]「ワタミ社員の自殺、労災認定 入社2カ月の女性」2012年2月21日付の朝日新聞より。
http://www.asahi.com/job/news/TKY201202210654.html

[7]「NTT、65歳までの雇用延長導入 新卒の昇給率抑制」2012年6月20日付のSankeiBizより。
http://www.sankeibiz.jp/business/news/120620/bsg1206200502005-n1.htm

[8]「「就活長い」「卒論書かせろ」 大学生ら100人がデモ」2012年11月23日付朝日新聞デジタルより。
http://www.asahi.com/edu/news/TKY201111230310.html