第10回別冊スクラップブック『レコードプレーヤーを買ってみた / SIDE 1』

201307/27

 

 ぼくは再び歩き出した。夏に訪れたさまざまな別れを乗り越えて。身軽になった体でひとり佇む更地。過ぎ去る季節を見送りながら、自分のペースでゆっくり歩いていこう、そう心に決めた。

 

 新しい“知覚の扉”を開けたのは、過去のメディアと思われているレコードだった。もとよりぼくは深みと温かさと広がりのある音を好み、コロムビアの「360 SOUND」を再現したボブ・ディランのモノラルCDなどを求めてきたが、そこまで来たならばやはり“本物”が欲しくなる。ある日、ぼくの手はLPに伸びていた。

 

 新宿のdisk unionに入店すると、いつもは傍目で見ていたレコード売り場に直行する。目指す棚は「BOB DYLAN」。レコードをあさる前におじさんたちの群れをかき分ける。みな慣れた手つきでレコードをすぱすぱと引き出している。見よう見まねでやってみるも、トコ、トコ、トコ。気がはやるばかりだった。周囲で素早く抜かれる音を耳にしながら、ぼくは一枚一枚ジャケットを確認していくことにした。

 

『追憶のハイウェイ61』LPとCD

 

 手が止まる。これだ。ボブ・ディラン『追憶のハイウェイ61』。「ジャケ買い」が成り立つのも、このサイズ感があるからこそ。しばらく惚れ惚れしながら対面していた。説明書きの札を見ると「US-ORIGINAL」とある。ホンモノだ!あの“60年代”にプレスされた名盤。ついに出会った「360 SOUND」レーベルの代物。そして録音は「MONO」ヴァージョン。追いかけてきた音がこれに詰まっているというわけだ!

 

 レジに持っていくと「検盤はなさいますか?」と聞かれる。動揺を隠して「はい」と答える。レコードのどこをどう見ればいいのだろう。店員さんは丁寧に包みを開けそれを差し出す。とりあえず難しい顔をしながら盤面を光にさらした。レコードは意外にも光沢があるなあと感想を抱き「これでいいです」と言う。だがレコードをジャケットにしまおうとするもなかなか入らない。店員さんはその様子をじっと見つめたあと、「それには入りません」と一言。ジャケットは袋の前面に立ててあるだけで、レコードは後ろの固いカバーに収納するようになっていた。恥ずかしかった。(のちに知ったことだがどのレコードもこのように売られているわけではなく、貴重なものに限って変形を防ぐためか別のカバーで覆われている。)

 

 会計時、こちらはすぱっとクレジットカードを取り出し、素早く暗証番号を入力。「一括で」。最後に勇姿を見せ、さっそうと店を後にした。

 

 USオリジナルのLP『追憶のハイウェイ61』は約12,000円した。はじめにLPありき。プレーヤーはまだない。ここで力(お金)尽き、しばらくレコードを“眺める”日々がつづいた。「すぐに欲しい」の衝動は、ときにこういう状態を生む。まずは『大人のためのアナログレコードの愉しみ方』という本を読んで勉強するに努めた。

 

『大人のためのアナログレコードの愉しみ方』

 

 時は流れ、夏場の体調不良が重なり、いつしか大枚をはたいて買ったレコードの存在自体も気にかけなくなっていた。その間に多くのトラブルにも見舞われ、ぼくの気持ちは落ち込み、音楽を聴こうとする感情さえも湧いてこない事態に陥った。

 

 そんなとき、菩提寺医師がぼくが使用するにふさわしいレコードプレーヤーをいくつかピックアップしてくれた。動けないぼくの代わりにこの物語を進めてくれていたのだ。「ああそうだ、レコードだ」とぼくのなかでなにかが動いた。久しく散歩してなかったのでお金もそこそこ溜まっていた。次のステップへの準備は整いつつあった。

 

 ぼくは自分の足をからめ取っていたそれまでの関係性を整理し、「夏」が象徴する青春に終止符を打った。働き、食べて、エッセイを書く。「夏」が終わり、人生の新しいサウンドを響かせる時期に入った。

 

 猛暑が落ち着き、少し過ごしやすくなった仕事終わりの夜、菩提寺医師とともに新宿のdisk union本館に向かった。ぼくは最終的に「neu / DD1200MK3」というダイレクトドライブ方式のレコードプレーヤーを選んだ。これにはLINE出力がついており、レコードを聴くに欠かせないフォノイコライザーが必要ない。また交換可能なカードリッジ(針)も付属されている。今後、さらなるグレードアップも期待できるこの機種は(店員さんはより良いカードリッジの使用を暗に勧めていた)、2万円前後で購入でき、初心者にはうってつけのものだ。

 

 実物を目にして、元気がむくりと出てきた。すぱっとクレジットカードを取り出し、素早く暗証番号を入力。そして例のごとく「すぐに使いたい」と思ったが、重さが10kg近くあり、店員さんは郵送したほうがいいと言う。心ならずもプレーヤーを一度手放すことにした。そのころ、光世さんもあとを追うようにやって来て、三人そろって自分の好きなレコードを見て回った。雨上がりの素敵なひと時だった。

 

 翌日は休日だった。ぼくは菩提寺医師から必ず買うように言われた「水準器」を求め、秋葉原のヨドバシカメラに出かけた。ここのヨドバシは家電量販店のなかではオーディオ機器がけっこう充実しており、レコードプレーヤーが売られているコーナーでうまく水準器を見つけることができた。

 

 時おりスピーカーから流れる大音量のクラシック音楽に耳を澄ましながら、ついでにカードリッジやラインケーブルの種類をショーケース越しに眺めていた。とても値が張るものがある。上を目指せばきりがない。ぼくはヘッドホンを中心に「良い音」をつくろうと改めて思った。

 

 そのとき、「森田君!」と声をかけられた。ぎょっと振り向くとそこには田辺先生夫妻が。なんという偶然だろう。同じ時間、同じ場所で、ぼくらはオーディオコーナーを巡っていたのだ。聞けば先生たちは新しいオーディオセットを組もうとしているとのこと。フロア一面に響き渡っていた音楽は先生たちが試聴で鳴らしているものだった。その調べに夢を膨らませていたなんて。森田君もぜひ、ということで、ぼくもその聴き比べに加わることにした。

 

ヨドバシ秋葉原オーディオコーナー

 

 「プレーヤー×アンプ×スピーカー」の組み合わせで音は面白いほどに変わる。聴いているうちに「ヘッドホン路線」が揺らいできた。やはりオーディオセット一式設けるのもいいなあと。もちろん今はそんなお金はないが、さまざまな音のかたちを聴くのは自分の心に呼びかけるサウンドを捉えるうえで貴重な体験となった。ぼく一人では「これを聴かせてください」と店員さんに声もかけられなかっただろう。

 

 ところで、オーディオを買い替える理由の一つとして、田辺先生は「執筆に集中するため」を挙げていた。その感覚、よくわかる。良い音に身を委ね、良い文章を書く。その関係は想像以上に濃密である。ものを書くときには筆を走らす音楽が必要だ。また先生からは文章を書くにあたって「ひらめきや瞬発力はほとんど関係ない。持続こそ真の力」とアドバイスされたことがある。先生たちと並んで音を聴きながら、そんな言葉を想い出し、そうだ、恐れずに何度でも踏み出していこうと気を新たにした。

 

 一通り聴き終えたあと、先生たちはぼくを自宅まで車で送ってくれるという。なんてありがたいことだろうと思うとともに、ある物体がぼくの頭に浮かんできた。オーディオラックである。このコーナーに来る前に、レコードプレーヤーがちょうど置けるオーディオラック(SOUND MAGIC HS03)を発見していた。値段は43,000円弱が29,800円に下がっていて、買い時だった。しかし、重さがまたもや10kg。持ち帰りを断念しようとしていた矢先だった。

 

4オーディオボード箱

 

 ぼくは梱包されたオーディオラックを先生の車に積み込み、一緒に家まで運んでもらった。感謝してもし尽くせないこの展開。レコードプレーヤーが届く前日に、事はとんとん拍子に進んでいった。この勢いに任せてすぐに組み立てはじめる。

 

オーディオラック組立

 

 物事に熱中し、我を忘れて楽しむ感じが戻ってきた。

 

オーディオラック完成

 

 完成!下のプレーヤーは参考までに置いてあるだけでレコードの再生とは関係ない。中段にはアンプを入れるはずだが別の場所に固定してあるので今は好きなCDでも並べておく。一番上に、レコードプレーヤーを乗せるのだ。

 

 そして次の日。仕事の昼休みにケータイを見ると、母から添付写真付きのメールが届いていた。

 
 

「届いたどーー\(^O^)/」

 

レコードプレーヤー箱

 
 

 多くの人に見守られている“レコード物語”だなと思った。ちなみに母は若いころレコード屋に就職し21歳で店長を務めていたらしく(初耳だ)、これを機に昔話に花が咲いた。当時付き合っていた男性(父だが)にレコードをプレゼントしたこともあったという。黒い盤面にはそういう時も刻まれているのだろう。

 

 世代をまたぎ、今、新しい物語が紡がれようとしている。LP、オーディオラック、レコードプレーヤーが合わさるときが来た。

 

レコードプレーヤー組立

 

 帰宅後、飛びつくようにこの作業に没頭した。バリバリと封を解き、説明書をむさぼるように読みながら設置にいそしむ。

 

 針圧の設定の仕方が素人にはやや難しかったが(カウンターウェイトの位置を調整しながらトーンアームを水平にさせ、ウェイトのリングを0にし、そこからカードリッジの針圧と同じ値になるようウェイトを回転させ、アンチスケーティングもその値に合わせる。うむ、ややこしい!)、YouTubeの動画などを参考にして学んだ。LINE出力はRCAケーブルを介して手持ちのアンプ(DigiFiヘッドホンアンプの回で復活させたもの)に接続する。

 

 用意が一段落したあと、長い間、日の目を見なかったぼくの宝物を取り出す。

 

『追憶のハイウェイ61』LP開封

 

 静かにターンテーブルに乗せる…。

 

レコードプレーヤーセット

 

 感極まれり。…スイッチON!の前に、忘れてはいけない、水準器をのぞいてみよう。

 

水準器

 

 大丈夫だ、プレーヤーは水平に保たれている。自宅も傾いていないことがわかった。あとは回転させるだけだ。

 

回転するLP

 

 ドン、と《Like a Rolling Stone》の冒頭のドラムが銃声のように心を貫いた。扉は開かれ、世界は再び回り始めた。過去から贈られたレコードの音はぼくの心を未来に誘う豊かさに満ちていた。そしてこの音が鳴り響くまでの一連の物語は今も人に支えられて生きる自分の姿を浮き彫りにした。まだひとりではない。いや、これからも。あるとき菩提寺医師から教わったこと。「よくトレースし良い音を鳴らす針は飛びやすくもある」と。ぼくはおそらくそんな針を心に抱えているが、重しとなる温かい“針圧”はどんな時代を迎えようとも身近なところに確かにあり、それらが組み合わさってはじめて理想の“サウンド”“エッセイ”つまりは“人生”を奏でることができるのだろう。これはぼくだけの話ではないかもしれない。繊細な感性に惑う人々と、このアナログな物語を共有したい。

 

 レコードというメディアには、まだまだより良く音を響かせる世界が待ち構えている。ぼくは停滞を打ち破り、次の一歩を踏み出した。

 

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