シカミミの絵日記5『それぞれの夜の過ごし方』

201304/23

 

絵日記5『それぞれの夜の過ごし方』

 

 これまでぼくの書いた文章にさめ子さんが絵をつけるという形で絵日記を進めてきたが、今回は少し趣向を変えて、さめ子さんが先に描いた絵を見てぼくが文章を綴ってみようと思う。企業に勤めているさめ子さんはぼくよりも何倍も忙しい日々を送りながら、時間を捻出してはスケッチブックと向き合っている。その歩みから生み落とされた一枚に、「それぞれの夜の過ごし方。」とメモ書きされたイラストがあった。

 

それぞれの夜の過ごし方

 

 それぞれの夜にはそれぞれの生き方が見えてくる。多くの人は日中は働きに出ており、生きるために汗を流している。朝は職場で起こりうるさまざまなことを考えてしまい、自分を思う余裕などない。夜こそが、「生きるための」の“生きる”を問う時間帯として人々に訪れる。空が茜色から葡萄色へと移りゆくとき、手段であった時間は徐々に目的の時間に入り込んでいく。一日という視野でみるならば、夜のとばりが降りるのと引き換えに、「ぼく」や「わたし」が幕を開けると言えるだろう。

 

 ここでは便宜的に時間を手段として使うことを「労働」とし、時間を目的として費やすことをちょっと大げさだが「仕事」と表現したい。一日の労働の後では、身も心も疲れ果てくたくたになっていることが多い。でもそれは休めば回復するというものでもない。労働と休息の間を往き来するだけでは、それこそなぜ生きているのかわからなくなってくる。自分を取り戻すには、休息以外の何かが必要なのだ。

 

 夜はそれを教えてくれる。あるいは手がかりを与えてくれる。労働から解放されたときまず思い浮かんでくるもの、それが今の自分を形づくる一部なのかもしれない。もし読書をすること、映画を観ることがよくあるとすれば、そこで感じる喜びやときめきを手放してはいけない。ショッピングや食事、ヨガでもなんでもいい。自己喪失が叫ばれる現代において、一瞬でも“自分と出会った”という体験は、記憶にとどめておくべき大事なものである。

 

 ぼくは食事をとってから眠りにつくまで、長くても3時間といったところだ。買いためてきた好きな音楽をかけながら、ストレッチ(柔軟)など体の調整も行っている。一日に一枚のアルバム(約1時間)を消化してゆけば、死ぬまでにけっこう多くの曲とめぐり会えるのではないか。いつも新たな体験や刺激を求めているので、本当は旅や遠出をしたいのだが、大学を卒業してからは生活リズムもがらりと変わり、そのような時間(とお金)はなくなりつつある。だから、夜ごと自分にとっての新しいサウンドを聴いては、頭のなかで自由にイメージを羽ばたかせている。

 

 そしてぼくの場合、受け手の立場にいるだけでは“生きている”実感が十分に得られず、自らもなにか創り出したい気持ちに絶えず駆られている。つまり「労働」の後に「仕事」をしたくなるのだ。一言でいえば「文章を書くこと」になるが、社会と自分の関係を的確にとらえる言葉を見つけ、いつも前へ前へと思考してゆくことで、自分が生きた証を残していきたい。とくに豊かな世界観を持ったアルバムを聴くと、いてもたってもいられなくなり、夜の時計の針と競争しながらぎりぎりまでパソコンの前に座っている。

 

 突きつめれば「なぜ生きるのか」という言葉の周りをうろうろしているわけだが、労働に追われる日々ではその問いも希薄になっていく。忘れることが良いことかどうかはわからない。考えることは楽ではない。しかしふいに疑問が襲ってきたときに一気に陥落してしまわないように、自分のなかでの答えはある程度、準備しておいたほうがいい。最近思うのは、生きる理由はわからないけど、生きる意味はあるだろうということだ。そして意味づけをしていく作業が、「仕事」なのだと。

 

 眠りにつく前にはたいていエッセイを読んでいる。こうやって色んなことを想像し、コリコリになった頭をほぐす柔らかくて温かいもの(それでいて深みがあるもの)が好きだ。中島らもさんのエッセイは大のお気に入りで、何度も何度も読み返している。今晩は『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』を手にとって寝よう。らもさんの青春を追った自叙伝的なこの本には、人生の早くで自殺してしまった友人を振り返る言葉がある。

 

あれから十八年が過ぎて、僕たちはちょうど彼が亡くなった歳の倍の年月を生きたことになる。かつてのロック少年たちも今では、喫茶店のおしぼりで耳の穴をふいたりするような「おっさん」になった。そうした軌跡は、かっこう悪いこと、みっともないことの連続で、それに比べて十八で死んでしまった彼のイメージは、いつまでも十八のすがすがしい少年のままである。

 

 らもさんは年々薄汚れていく自分は、先に死んでしまった人間から嘲笑されているような気がすると言いつも、このように続ける。

 

ただ、こうして生きてきてみるとわかるのだが、めったにはない、何十年に一回くらいしかないかもしれないが、「生きていてよかった」と思う夜がある。一度でもそういうことがあれば、その思いだけあれば、あとはゴミクズみたいな日々であっても生きていける。だから、「あいつも生きてりゃよかったのに」と思う。生きていて、バカをやって、アル中になって、醜く老いていって、それでも「まんざらでもない」瞬間を額に入れてときどき眺めたりして、そうやって生きていればよかったのに、と思う。あんまりあわてるから損をするんだ、わかったか、とそう思うのだ。

 

 何十年に一回くらい、生きていてよかったと思う夜がある。ぼくは今、この言葉を深く噛みしめている。そう、一日では贅沢すぎる。たった一晩、生きいている自分と出会えたなら、その時と一緒にこの先も歩いていけるだろう。もしかするとその夜はすでに通り越してしまった可能性もある。それでも、これから毎晩やってくる夜に、願いをかけるのが良い。おそらくさめ子さんもそんな夢を抱きつつ、就寝間際まで絵筆を執っているはずだ。ぼくの体はすぐに悲鳴を上げる。まるで使い物にならない労働の日々であっても、頭痛や腹痛に見舞われる自分をさらし続けながら、仕事では逃げずに生きていきたいと思う。

 

 実は疲れていて体調が悪い。温泉に行きたい。でもこのエッセイを書いている。たまにしかない休日を出かけたり、遊んだりしないで「仕事」に使っている自分をバカだと認めながらも、それで「生きる」ことに近づけるならいつまでもバカでいてやろうと、今夜も思う。亡くなって、夜の住人となったらもさんも、きっと微笑んでくれることだろう。