妻鹿日記(164)しかスポ号外2
妻しか(鹿)日記
登場人物: 私…鹿 妻…妻
第164回:妻としか見ない
* * *
ヤクルトスワローズ、20年ぶりの日本一。しかも、延長12回ツーアウトからの勝ち越しで決めた。死闘というほかない。
前年最下位からのリーグ優勝。クライマックスシリーズは3勝1分け。ともに同じ結果を残しながら雌雄を決した日本シリーズは、やはりもつれにもつれた。
が、一応、決着はついたのだ。多くの評論家が優勢とみていたオリックスに対し、ヤクルトが競り勝った。“負けに不思議の負けなし”というノムさんの格言に従うなら、そこにはなにかしらの理由があったはすだ。
優勢の根拠となったのは、オリックスには絶対エースの二枚看板がいたこと。一方のヤクルトは、二桁勝利の投手が一人もいない。オリのエースが互いに2勝を上げれば、おのずと4勝で、日本一という算段だ。
その結果をみると、たしかにヤクルトは両者を打ち崩せなかった。しかし、勝たせなかった。この事実は野球にとっては重要で、かつて中日の落合監督が“強いチームではなく、勝てるチームを作る”という方針を掲げたことに通じている。
その道理とは、点を取られなければ負けない、ということだ。どんな大投手でも、毎試合投げることはできないし、延長戦ともなれば、試合のどこかでマウンドを降りる瞬間がくる。対戦相手は、とにかく“嵐”が過ぎ去るのを待ち、その間を無失点で耐えれば、希望をつなぐことができる。
オリックスは強かったが、ヤクルトは負けなかった、というわけだ。
また、これは26年前に実現した同カードの日本シリーズにもいえるが、天才が一人いても勝利は約束されない。天才とはもちろん、イチローであり、山本投手である。
野村監督がイチロー封じに苦心したように、高津監督は山本投手にどうチームで戦うかを考えたはずだ。その答えの一つは、一球でも多く投げさせ、一回でも多くの打席をつくり、一人のランナーをホームに返すことだった。
例によって落合氏はこのシリーズにおいて「1点取られても10点取られても負けは負け」というコメントを出しているが、勝負の世界ではこれ以上に重い言葉はない。“あの選手は無敵だったから良し”という認識は、野球では捨てなくてはならないのだろう。
明確に勝敗がつくからこそ、涙を流せるし、大きな感動も生まれる。そして、リベンジのしがいもある。オリックスは野村ヤクルトに敗れた翌年、見事、悲願の日本一に輝いた。
コメントを残す