カメレオンの生態についての寓話
ペットショップの片隅に、一匹のカメレオンがいた。自他共に認める恥ずかしがり屋で、人の顔色をうかがっては体色を変えて波風立てずに過ごしてきた。左右別個に動く目でいつも必死に追うのは店主の姿であったが、どんな事情か三日三晩コオロギを与えられ、それを飽きたとも言えずに黙って舌を巻いていた。自己主張というものがどうも苦手である。自分を出すよりはと、彼女は脱走を企てうまく逃げ出すことに成功した。
慣れぬ歩行であったが、鈍色の空からはやがて大きな雨粒が降り始め、乾いた表皮に染み渡る。思えば給水器の出も悪く死にそうだったのだと、今になって気がついた。体の横を足早に駆けゆく人々は恐怖であったが、日ごろ彼らに上からのぞかれるのも心底嫌で今さらながら寒気がした。習いで日が落ちるに従い体温も下がる。路上に揺らめく光を掴むように四肢を這わせ潜り込んだ先は、そこらではもっとも明るい看板の下であった。
そのスナックでは温かく出迎えられ、ママからはたいそう大事にされた。時の流れに身を任せて、あなたの色に染められたい、そんな歌が夜毎に流れていたが彼女ならわけないこと。縁起物として担がれて店主の顔などとうに浮かばなくなった頃、出入りするお客さんが営むバーへ預けられることとなり、見初められたか二度と戻ってくることはなかった。
そこは男と男が集う場所で、たまに女同士の店にも駆り出されたが、行き来しているうちに次第に体が虹色に変化するようになった。皮膚にまとわりつくようなネオンの刺激がそうさせたかはしらないが、その姿はその街で瞬く間に評判を呼び、彼・彼女らのシンボルとなってパレードが開かれるようになる。ここに彼女はカメレオンの女王となった。自身の名前が「小さな-ライオン」に由来するのを知ったのは、ずっと後のことである。
ようやく自分のカラーを見つけたと思ったのも束の間、パレード中に突如警官たちが押し寄せ、彼女を盗難物として取り上げていく一幕があった。しかしペットショップには返されずに、飼育が困難との理由で所有者を転々とした後、いつだったか予算が足りずに購入を諦めて去った家庭、当時指をくわえて眺めていた子供の家に行き着いた。
彼女は少しの自信もあったから、少年の好きな色になってやろうと例のごとく体を震わせた。ところが、全然色が読めないのである。体色は結晶を含んだ細胞で光を反射させながら調整しているが、少年からは目をつむっても一向に光が感じ取れない。試しに赤くなってみた。少年は怒りを恐れるかのように身を固くした。青色を出してみた。少年は一層哀しい表情をした。得意としていた七色が通じない。彼女にとっては初めての経験だった。
少年はいったい何色なのだろう。ある時、放課後にはだいぶ早い時間に少年が帰ってきた。体調がすぐれないのか、まったく色を失っている。彼女はどうもいたたまれなくなり、自然とまたあの青い体に変化していた。すると青い波長が届くのを肌で感じ、直後に少年がわっと泣き出したのである。またある時は、少年がひどく傷つけられているように感じられ、つられて赤くなってしまった。それを見た少年は、初めて自分から彼女に餌を差し出した。
そうやって少年の心には様々な色が残されてゆき、彼女が灰色になって土に還ってからも、決して色褪せることはなかったという。また彼女も喜怒哀楽をともにしてゆくなかで、自分が何色なのかなど気にもしなくなり、扱いづらいことには変わりなかったが、少年とのあいだで光るプリズムも変わらずに好きでいらることができた。
初出:3月20日「プリプリカメレオン」公演パンフレット
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