シカ噺1『お年玉』

201401/01
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シカ噺1『お年玉』

 

 東京でオリンピックが開かれることになりまして一部では大変な賑わいだそうでございます。開催地が発表されたときの歓喜の瞬間が何度も何度も流されていますな。しかしながら選手でもなく、招致に直接関わったわけでもないその他多くの人々にとっては、その感動がいまいちピンとこないものではないでしょうか。自分のあずかり知らぬところで落とされた幸運は、そのありがたみもよくわからない、そんなものでありましょう。

 

 子供のころ、ポンと落ちてきてピンとことなかったものの一つに、「お・と・し・だ・ま」がありました。日々養ってくれるうえにお金をくれる。今考えればすごいことですな。わたくしなんぞは政治家のようにズンとした顔で当たり前のようにもらっていました。子供が大人に「これからもどうぞ見捨てないでください」とお金を包むというのなら筋も通りましょう。

 

 実際に、丁稚奉公に出ていた子供が新年に親のもとへ帰り、奉公先でねずみを捕って稼いだお金を渡そうとしたなんて噺が『藪入り』という落語にあります。親父はこんな大金はきっと盗んだものに違いないと息子をぶっ飛ばしてしまうのですがな。話はちゃんと聞くに限ります。最終的には誤解も解けて立派に成長した息子を夫婦で褒め称えるのであります。

 

 今からでも遅くはありません。藪入り息子、藪入り娘を育てれば家計も楽になること間違いなし。そして浮いたお年玉でぜひ私を「お・も・て・な・し」してください。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

ブンタ「なあ、お年玉もろうたか?」
ユウタ「なんやそれ。どんなタマや。」
ブンタ「お前知らんのか。正月になるとな、おとんがくれるんや。」
ユウタ「ほな見せてえや。」

 

と言われますと、ブンタは得意げな顔で握っていた手を開いてみせる。そこには色とりどりの実に美しい「ビー玉」が、五つほど。

 

ブンタ「どや。きれいやろ。歳の数だけくれるんや。」
ユウタ「ほなうちも五個もらえるはずや。」

 

ということになりまして、ユウタはブンタとわかれ公園から家へと走ります。親父はといいますと、正月ということで昼から酒を飲んで寝転んでいる。

 

ユウタ「おとん、お年玉、くれ。」
父「なんやお年玉って。」
ユウタ「ブンタ、もろうてたで。隠しても無駄や。」
父「うちには、ない。」
ユウタ「くれ。」
父「ない。」
ユウタ「せこいこと言うな、くれ。」

 

親父はユウタの頭をドーンと小突き、ユウタは泣き出す次第。急いで母が止めに入ります。

 

母「なにやっとるん、正月からやかましい。しょうもないことで泣くのはおよし。あんたもすぐ殴らんといてちょうだい。」
父「殴っとらん。遊んだだけや。」
母「なあ、うちもそろそろお年玉あげてもいい頃やないか。ほら、ユウタ、おいで。」

 

母はユウタを呼びまして、ポチ袋のなかに千円札を一枚入れて渡しました。あれ、なんかちゃうなと思いますユウタでありましたが、親父が怖い顔して座っておりますのでとりあえず黙って受け取り、また公園に向かいます。

 

ブンタ「なんや、浮かない顔しとるな。」
ユウタ「うちのはな……紙切れやった。」

 

ユウタはブンタにポチ袋の中身を見せます。

 

ブンタ「ほんまや。どないしてん。これじゃビーダマンで遊べんな。」
ユウタ「なんもできひん。」
ブンタ「ほな、うちに連れてったる。うちのおとん心広いからな。ユウタにもお年玉くれると思うで。」
ユウタ「ほんまか、よろしく頼むわ。」

 

ブンタはユウタと一緒に家に帰ります。ブンタの親父も昼から酒を飲んでいていい気分。上機嫌でユウタを迎えてやります。

 

父「久しぶりやな、ユウちゃん。明けましておめでとう。」
ブンタ「あんな、おとん、ユウタにお年玉やってほしいんや。ユウタな、お年玉もらっとらんのや」

 

ブンタはユウタからポチ袋をとり、親父に見せます。するとさきほどまでの心地よさそうな赤ら顔とは打って変わり、親父の顔が瞬時に青くなる。

 

ブンタ「どないした。はようユウタにもビー玉落としてあげてや。」
父「ユウタ君、この『お年玉』のことは他に誰かに言うたか。」
ユウタ「ブンタ以外には言っとらん。恥ずかしくてたまらん。黙っといてや。」
父「黙っといたる、黙っといたる。安心しいな。家にはそれぞれの事情があるさかい。今からおじちゃんがお年玉あげたる。でもほんまに誰かに言うたらあかんで。お年玉っちゅうのはありがたいものでな、中に神様がいてはるんや。願い事を聞いてくれる、えらい神様や。ただな、人に見られたら叶わんのや。お年玉持って、願掛けて、誰にも見つからんところにしまっておき。男と男の約束や。ええな?」

 

ブンタは見せてしもうたと俄かにそわそわし始めましたが、ユウタはこくりと頷きます。出来た親父ですな。さっそくブンタの親父はビー玉を五つ持って、階段を二、三段と上がりますと、ユウタをその下に呼びます。

 

父「ほな、いくで、落とした玉全部取ったら願いもよう叶う。」
ブンタ「おとん、ボクにももう一回やってくれんか。」
父「あかん。年に一度だけや。もう一度願だけ掛けておき。」
ブンタ「それでいいんか。」
父「十分や。」

 

ブンタはギューッと目をつむって願を掛け、ブンタの親父はふわっとビー玉を投げてやり、ユウタはそれを見事にキャッチ。一同胸をなでおろしていましたところ、そうは問屋が卸さないものですな。玄関で近所のヨネばあさんが突っ立って一部始終を見ていたのですな。親父もギョッとしましたが、あくまで平然を装います。

 

父「ヨネばあさん、どないしたんや。」
ヨネ「どないしたもなにもあらへんがな、新年のあいさつもなしに。おせちのお裾分けや。男手ひとつじゃろくなもん食うとらんと思うてな。」
ブンタ「鍵かけ忘れとった!」
ヨネ「なんや、邪魔か。」
父「こら、ブンタ、そんなことはないやろ。すんまへん。いや、近ごろなにかと物騒やさかい、帰ってきたらちゃんと鍵をとな、言い聞かせていたんですわ。ヨネばあさん、おおきに、おおきに。」

 

親父はヨネばあさんを招き入れますと、子供たちを部屋の奥へと追い払ってしまいます。下手な芝居をあまり見られたらよくありませんからな。

 

ブンタ「また見られてしもうたやないかい。どないしよ。」
ユウタ「難儀やなあ。……ほな、ヨネばあにもお年玉あげたらいいんやないか。神様も喜ばれるやろ。」
ブンタ「おう、確かに隠そう隠そうとするからあかんのや。老人にも広い心を見せたろか。ちょっと待ってな、歳を聞いてくる。」

 

ブンタは小走りで居間に行き、息を切らしてせかせかと戻ってきます。

 

ユウタ「どうやった?」
ブンタ「八十二歳や。」
ユウタ「難儀やなあ。……そんなにお年玉あるやろか。」
ブンタ「ユウタ、もう一つ問題がある。ヨネばあが、ぎょーさんのお年玉を受け取れるやろうか。」
ユウタ「八十二個のビー玉がヨネばあに降ってきたら、下手したら死んでまうで。ほな神様喜ぶどころかお怒りになって、願い事なんて聞いてもらえへんぞ。」
ブンタ「神は神でも召されては困るでな、ははは。」

 

半ば自暴自棄になって笑い合っているところへ、新年のあいさつを済ませたヨネばあさんが二人のもとにやって参ります。そして懐からポチ袋を取り出しまして、ブンタとユウタに手渡しました。一足遅れてついてきた親父はしもうたと思うも後の祭り、せっかくの芝居も水の泡であります。やはり社会に生きていますと金のかからないお年玉でいつまでも騙しきれるものではありませんな。誰かが意図せずとも本当のことを伝えてしまう。また子供も家庭の外の空気を吸ってはじめて成長していくものでありましょう。ブンタの親父もいつかはこの日が来るとは思っていたようでして、潔くヨネばあさんにお礼を言います。

 

父「おおきに。ほなありがたくいただきますわ。ブンタもユウちゃんも頭を下げて……いるがな。賢いな。うん?ちゃうな、泣いとんのか?どないしたん、嬉しくないんか。」
ブンタ「うちら神様を怒らせてしもうたんや。ボクのお年玉も紙切れになってしもうた。ユウタはまた紙切れや。」
父「けったいな子たちや。おとんが悪かった。神様も怒っとらん。」
ブンタ「願い事、聞いてくれへんかった。」
父「どんなことを願ったんや。」
ブンタ「もう一度、お年玉が欲しい。」

 

噺・シカミミ 絵・さめ子

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