第38回 コミケと大晦日

201712/31

 

ネットメディアや各種サービスが個々人の多様化した趣味嗜好に応えられるようになった時代に、なにも同じ番組を見て一年の最後を締めることもないだろうと思う。ましてやヒットチャートが形骸化し“赤丸急上昇”もほぼ死語となった今、「国民的歌手」が大晦日を盛り上げるなんて名目に誰が本気で信じ込むことができようか。

 

それよりかは好きなドラマを配信で観て、好きな懐メロをストリーミングしながら踊っていた方がアゲアゲになれる。年初にはここぞとばかりに「個人」の夢や希望を語るのに、目では画一的な絵を追っているのもなんだかきまりが悪い。

 

 

というわけで最近は‟カスタマイズ大晦日”を過ごすようにしている。そして以上が近年コミケに参加するようになった言い分である。きょうも大群に押し流され無の境地に至りながら各サークルを転々としていった。いや、これこそ無個性じゃないかという批判があるかもしれないが、「その指摘は当たらない」という2017年に覚えた言葉で根拠なく突っぱねる。毎年夏冬と繰り返し訪れているが、なんだかんだ言っても同人文化を残し続けている巨大イベントだと思う。

 

この手の文化こそネットや電子媒体で済むのではないかと考える向きもあるだろうが、刷り物を媒介として人と人とが交流するというのが何ものにも代えがたいほどに心地よい。年末のご挨拶、御礼といった趣きもある。「いやどうも」「いやいやどうも」「いやいやいやどうも」と手を挙げながら歩いていくのはけっこう楽しい。もちろん創作物は創作物として追って楽しむ。今年もお世話になった知人や先生方に顔を出すことができ、これぞ年末、大晦日! と実感した。

 

交友関係以外の交流も当然ある。商業誌でしかお目にかかれないような作家との出会いには殊更、興奮する。今年の夏にそのような機会が巡ってきた。デビューからの全作品を読んでいて、自分の表現にもこっそり取り入れるくらいに感化された作家に直接話すことができた。(実際は尊敬しすぎて「あ…」「おぅ…」「はい…」と口をパクパクさせるだけだったが自分のなかでは“対談”と修正されている。)

 

まずは遠目にお姿を拝見し「こんなブースもあるんだあ」というふりで右へ左へうろうろする。(半年前からその時が来るのを待っていたわけだが。)そして特にきっかけもなく「よしっ」と勝手に決心して近づいてゆく。普通ならここで「いつも読んでいます」とか「お会いできて嬉しいです」とか切り出すものだが、自分にはこういう時だけに発動する「コミュ障」があり、何も言えない。何も言わずに見本誌を手に取り「こんなホンもあるんだあ」というふりでパラパラとめくり出す。適当なところでぱたんと閉じ「ください」と一言。すると「わぁ嬉しい! ありがとうございます!」との返事が。

 

あったりまえじゃないですか!! “嬉しい”なんて言わないでください。そのために来たんです。ふりでこのブースに来るわけがないでしょう。そういう体で来た僕みたいなバカは無視してどうか自信をお持ちください。なんて謙虚な方なんだ……。

 

と、一瞬にして思考が駆け巡り、自分でも内心気持ち悪いと思いながら“会話”をしていた。こう書いていても薄気味悪い。また友達が減る。きっと減る。友達は大事にしたいから、その後名残惜しく会場にとどまりぼーっと佇んでいた心境は記さずにおこう。

 

 

それくらいに尊敬する人でも会おうと思えば会える場所。畏友も先生も作家もフラットに繋がっている謎の空間。同人という「看板」を律儀に守ろうとする人々の思いと、伝統の紅白という「看板」をついつい見比べてしまう大晦日であった。