引用日記まとめ(革命その2)

201105/03

引用日記のテーマ「革命」2011年5月3日

 

ここまで「革命」をテーマに寺山修司の思想の雛型を追ってきたが、今からは本題であるカミュの「反抗」を取り上げよう。カミュは寺山的な視点で「反共」であったといえる。『革命か反抗か カミュ=サルトル論争』(新潮文庫)より引用。読む際にはこの論争が1952年に行われたという時代背景を踏まえるべきで、それによって革命の響きも反抗の驚きも変わってくる。

 

カミュ「人間をあらゆる拘束から解放しておいて、つぎに、行為の面で、歴史的必然のなかに閉じこめることは、じじつ、まず人間からたたかう理由を奪い、ついで、効果のみを規則とする政党なら、どれでもおかまいなしに、人間をそのなかに投げこむことになる。」

 

そしてカミュは「そうすると、奴隷どもを製造することに献身する以外のなにものでもなくなってしまう」という。カミュが念頭に置いているのは明らかにスターリン主義や強制収容所の存在だとわかる。カミュは歴史を絶対視するマルクス主義を批判し、人間性を侵すすべてのものに「否」を唱えた。

 

サルトル「反共主義者がソ連について話すように、君について語るべきだとしたら、君は君で熱月革命を行ったのだということをしめせば十分である。カミュよ、ムルソーはどこへ行ったのか?シーシュポスは?永久革命を説きつづけていた、あの心情のトロツキストたちは、いまいずこだ。」

 

と、このように論争は展開されていく。文学者であるカミュは直感と美しい言葉を頼りに相手を批判していくが、哲学者であり文学者でもあるサルトルの前では、論理的、修辞的な力量において敗れたといえる。しかしこの論争はどちらに立っても知的な風が吹き抜ける爽快感があり、批判の仕方がよくわかる。

 

『革命か反抗か』の訳者である佐藤朔氏の書いたあとがきが、カミュの反抗の思想をわかりやすく説明してくれているので引用する。

 

「『反抗的人間』はカミュの反共産主義の立場をはっきりうち出したものである。だからといって彼を右翼であると断言することは、反対者といえども慎んでいる。…カミュはマルキシストでない左翼といったところであろう。彼はマルキシズムは、誤った予言を含んだ、古い観念論と考えている。」

 

「それにはカミュがいつも考えている絶対者の否定と、人間の生命の尊重という観念が、根底にあることは疑えない。…歴史的にみて神に代わる絶対者の出現にも反抗し、これを否定する。…カミュは歴史を否定するのではなくて、予言的な歴史主義への隷属を非難するのだ、と繰り返し説いている。」

 

予言的な歴史主義への隷属の拒否、これは来るべき民主主義が、「未来」にあるのではなく(それは未来を現在化することだ)、現在の差延のうちに亡霊のように存在することに近い。未来を本当に把握しているのは、歴史の終着点を想定せずに、無限の他者(革命)へ開かれた態度で反抗を続ける者だろう。

 

「カミュが革命的手段による恐怖政治を非難するのは、『反抗は原則的に死に反対する』という根本的な態度からきている。彼はいつも自殺、殺人、死刑などという人間を人為的に死にいたらしめるものを原則的に反対するので、戦争、内乱、革命のために、人間が多量に生命を失うことに、当然反対する。」

 

カミュのいう反抗的人間は、いかなる場合でも人間性を尊重し、人間の尊厳を失わずに、許されるかぎりの自由と幸福を手に入れようと努力する。反抗的人間の求める自由にも制限があり、…殺人までも許すという絶対的な自由は人間にはあたえられていない。

 

「いかなる場合でも人間性を尊重する」反抗的人間は、立派な左派の表情を持っているだろう。サルトルなどから、カミュは高みから歴史を眺めるモラリストと批判されるが、彼がくみしないのは予言的な歴史主義であって、反抗はつねに歴史のなかで行われる。思想の眠りに落ちない「不眠」の戦いであるために、より闘争的である。

 

 

「カミュは反抗的態度を、革命的手段よりも人間の尺度にあった方法であると思い、革命によって一挙に征服をなしとげるのではなく、反抗をたえ間なく繰り返すことによって徐々に勝利を占めようとする。革命の『颶風の有効性』によるか、反抗の『樹液の有効性』をとるか。」

 

 

ぼくの気持ちは「革命も反抗も」だ。もはや反抗が徐々に勝利を占めるような時間感覚にいては、資本主義の自壊と再生の間隔を早めるだけだから、やがてはドラスティックな革命が必要になるし、その革命は共産党がもたらすことはもうなく、エジプトのように市民の反抗が可能にすると思うからだ。

 

またぼくはそれとは別の形で「革命も反抗も」の姿を想像している。いわば「権力を取らずに世界を変える」こと。国家=資本のシステムの内に自立的な相互扶助のアソシエーションを巣くわせる。それは「革命」後の世界を生きる人々の「反抗」であり、「革命的反抗」とでも名付けよう。

 

「革命も反抗も」という姿勢が照らす二つの道。エジプトのように市民が国家に直接働きかけ権力を引きずり降ろすケースを「反抗的革命」とするならば、日本ではたぶんそれは望めないから、市民が国家に別れを告げてアソシエーションを次々と生んでいく「革命的反抗」が変革の主流になるだろう。