引用日記まとめ16(オルタナティブ社会について)

201009/22

引用日記のテーマ「オルタナティブ社会」2010年9月22日

 

引用日記、テーマは「生命」「死」「存在」「偶然性」「労働」「贈与」と続いてきて、今日は「オルタナティブ社会」です。

 

一度は失われた人と人とのつながりを回復させること。コミュニズム(共産主義)もコミュニタリアニズム(共同体主義)も同じような理念を掲げている。しかし後者が地縁・血縁に基づく社会(=ゲマインシャフト)であるのに対し、前者は独立した個人の自由意思に基づく社会(=ゲゼルシャフト)を志向する。

 

オルタナティブ社会として想定されているアソシエーションとは、契約に基づくゲゼルシャフトで、共同体にあったような互酬的な関係を築こうとする、極めて倫理的・革命的な社会である。資本主義に懲りて共同体へ回帰するのはたやすい。しかし高次な回帰となれば、いまだこの世で実現されてはいない。

 

アソシエーションの定義を、柄谷行人『世界共和国へ』(岩波新書)からもう一度引用する。

アソシエーショニズムは、商品交換の原理が存在するような都市的空間で、国家や共同体の拘束を斥けるとともに、共同体にあった互酬性を高次元で取りかえそうとする運動です。(…)カント的にいえば、『他者を手段としてのみならず同時に目的として扱う』ような社会を実現することです。」

 

アソシエーション社会を目指したのは共産主義者たちだけではない。本来の意味でのコミュニズムを考えれば、キリストだってそうだ。キリストは当時ローマ帝国という巨大な都市空間があった世界で、国家や貨幣や家族を否定して、愛による人々の結合を説いた。「与えよ、さらば与えられん」とはまさに贈与交換の仕組みそのものだ。

 

カントの掲げた道徳法則、「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱え」は、僕の好きな言葉のひとつだ。聞くだけで、背筋が伸びる。 続いて柄谷行人『世界史の構造』を引用する。

 

「カントがいう道徳法則は、通常、たんに主観的な道徳の問題として見られている。しかし、これが社会的関係にかかわることは明白である。たとえば、資本主義経済における資本―賃労働の関係は、資本家が労働者をたんなる手段として扱うことによって成り立っている。」

 

「そうであるかぎり、人間の『尊厳』は失われざるをえない。ゆえに、カントがいう道徳法則は、賃労働そのもの、資本制的生産関係そのものの揚棄を含意するのである。」P.347

 

他者を目的として扱うこと、すなわち、他者を自由な存在として扱うこと。他者の尊厳を認め、かけがえのない一人として付き合える社会、これこそ「自由の互酬性」に基づく社会だ。そこでは、交換原理を乗り越えて、自由を互いに贈り合うという、贈与の力を見いだすことができる。

 

世界史は「奪う‐配る」と「奪う‐奪い返す」の交換様式で動いてきた。人間には奪われたら奪い返そうとする本性があるからだ。しかし、贈り物を受け取ったら贈り返さなくてはと思う本性もあり、こちらの交換に未来を託そうとする哲学者たちがいる。「贈る‐贈る」の社会を目指す運動、コミュニズム。

 

「贈る‐贈る」の関係においてはじめて人は自由に、つまり手段ではなく目的として生きられるようになる。賃労働の社会がモノの社会だとすれば、目的の社会は「人格の社会」と呼べるし、贈与は人格同士を結びつけるのだから「愛の社会」ともいえる。そして敵意がないから「平和な社会」となる。

 

500頁にも及ぶ大作の終わり近くで、このような言葉に出くわす。

 

「普遍的な『法の支配』は、暴力ではなく、贈与の力によって支えられる。『世界共和国』はこのようにして形成される。この考えを非現実的な夢想として嘲笑する人たちこそ笑止である。」