引用日記まとめ9(太宰治)

201008/24

引用日記のテーマ「存在」2010年8月24日

 

存在の軽さは死を先駆的に覚悟することで耐えられる。今回の引用日記は、死を思い続けた太宰治を取りあげる。彼を「諧謔的・破滅的な」といった視点からみるのではなく、死を思うことで存在とは何かを問うていた作家と考えてみます。

 

「死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。」p.7

 

死を覚悟して自分の有限な存在に気づくことと、「死のうと思う」ことは別である。前者は否定性が自らを律する肯定性に変化するのに対し、後者は否定性から抜け出ないままである。太宰は一般に後者だと思われているが、夏の着物と夏までの生を結びつける豊かな感受性には、死から生への力を確認できる。

 

太宰の絶望感に共感する人が多いらしい。「死のうと思っていた。」→「おれも!」といったところか。しかし死にしか興味がない人間が、どうして小説家として創造行為をしていたのかを考える必要がある。太宰は死から自らの存在を立ち上げたのだ。この「宿命の自覚」へといたる面は見逃されがちである。

 

人生の肯定には2種類あると思う。一つは「がんばらなくてもええねんでタイプ」で、今の自分をただ認めてほしいというもの。もう一つは「否定の否定は肯定のタイプ」で、自己の否定を繰り返し肯定を見つけるもの。「与えられる肯定」と「見つけ出す肯定」、太宰は後者で、逆に読者は前者で甘んじる。

 

死を思うことによってはじめて感じられる生の充実。太宰のそんな姿勢がうかがえる文章を一つ引用する。『学生諸君!』(光文社)、太宰治「諸君の位置」より。学生に語りかける形で書かれたこの文章は、『走れメロス』の変奏のように聞こえる。

 

「いまは、世間の人の真似をするな。美しいものの存在を信じ、それを見つめて街を歩け。最上級の美しいものを想像しろ。それは在るのだ。学生の期間にだけ、それは在るのだ。(…)今日は何だか腹立たしい。君たちは何をまごまごとして居るのか、どんと背中をどやしつけてやり度い思ひだ。」p.78

 

太宰治+坂口安吾

 

太宰は死を思うことで自らの存在を明るみに出そうとしていたのであり、ただ絶望していたのではないということを、坂口安吾『堕落論』(新潮文庫)、「太宰治情死考」から確認してみる。

 

「太宰は口ぐせに、死ぬ死ぬ、と云い、作品の中で自殺し、自殺を暗示していても、それだからホントに死ななければならぬ、という絶対絶命のものは、どこにも在りはせぬ。どうしても死ななければならぬ、などという絶体絶命の思想はないのである。」p.138

 

「高度の文化人、複雑な心理家は、きわめて迷信に通じ易い崖を歩いているものだ。自力のあらゆる検討のあげく、限度と絶望を知っているから。すぐれた魂ほど、大きく悩む。大きく、もだえる。」p.135

 

「太宰が一夜に二千円のカストリをのみ、そのくせ、家の雨漏りも直さなかったという。バカモノ、変質者、諸君がそう思われるなら、その通り、元々、バカモノでなければ、芸道で大成はできない。芸道で大成するとは、バカモノになることでもある。」p.137

 

坂口から見て、太宰は自殺をするような男ではなかった。死を思うとこはあれど、絶体絶命の思想はない。太宰は「生の力」である芸道をもだえながら歩いていただけなのだ。焦点は死ではなく、あくまで生のほう。坂口はこの文章で、泥酔した太宰を素面の女性が無理やり心中させたことをほのめかしている。

 

「太宰のような男であったら、本当に女に惚れれば、死なずに、生きるであろう。…だから、太宰が女と一しょに死んだなら、女に惚れていなかったと思えば、マチガイない。…とるに足る女なら、太宰は、その女を書くために、尚、生きる筈であり、小説が書けなくなったとは云わなかった筈である。」p.139

 

「どんな仕事をしたか、芸道の人間は、それだけである。吹きすさぶ胸の嵐に、花は狂い、死に方は偽られ、死に方に仮面をかぶり、珍妙、体をなさなくとも、その生前の作品だけは偽ることはできなかった筈である。」p.139

 

最後は、生命力あふれる明るい太宰で締めたい。もちろん、死を思うからこそ、より輝いてみえる生命力である。『走れメロス』(新潮文庫)収録、『富嶽百景』より引用。

 

「私は、ありがたい事だと思った。大袈裟な言いかたをすれば、これは人間の生き抜く努力に対しての、純粋な声援である。なんの報酬も考えていない。私は、娘さんを、美しいと思った。」p.77

 

「まんなかに大きい富士、その下に小さい、罌粟の花ふたつ。ふたり揃いの赤い外套を着ているのである。ふたりはひしと抱き合うように寄り添い、屹っとまじめな顔になった。私は、おかしくてならない。カメラを持つ手がふるえて、どうにもならぬ。」p.81

 

「笑いをこらえて、レンズをのぞけば、罌粟の花、いよいよ澄まして、固くなっている。どうにも狙いがつけにくく、私は、ふたりをレンズから追放して、ただ富士山だけを、レンズ一ぱいにキャッチして、富士山、さようなら、お世話になりました。パチリ。」太宰治p.82