山陰礼讃⑦「松江にて」

201805/07

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Day5 松江 → 出雲

 

 

松江駅に到着してまもなく雨に降られた。山々に手を伸ばすように忍びよる雲は、「垂れ込める」といった枕詞そのままに白く、重たく、低い空を漂っている。山陰道を走るバスの車窓から左右を見やると、今まさに峰に迫らんとする霧状のそれが目線と同じ高さに浮かび、私は車体が霧のなかを突き抜けていることを知った。

 

しかし晴れの日に比べて気分を暗くさせるかといったらそうではなく、空と水面の隔てなく鈍色にうつる宍道湖はそれはとても美しく、幽玄の趣を白銀の世界一面にたたえている。きのう美術館でみてきたように、植田正治は「砂丘は大きなホリゾント」ととらえて写真の舞台に昇華させたが、それにならえば彩度の低い湖の眺望も白色に染まる一枚の幕といえ、私はさっそく砂丘でやり残した作業をおこなってみた。

 

 

舟から竿をさし、人力でシジミを採る漁師をモデルに見立て、砂丘のようにポーズをつけることはもちろんできないが、カメラを構えてじっとフレームに入るのを待つ。雨は前景と背景の境をあいまいにし、それぞれの舟は平面のキャンバスに配置される物体のようでおもしろい。

 

城崎では志賀直哉の、鳥取では植田正治の足跡をたどり、今回の旅ではゆく先々で土地と作家の切り離せない関係を意識させられる。では松江は誰だと考えたら、やはりラフカディオ・ハーン(小泉八雲)ではないだろうか。さきほど“幽玄”という表現を用いたが、ハーンが集め、書き残した幻想的な日本は、この松江という土地を抜きにしては語れないはずだ。

 

そしてまた、ハーンこそ「異邦人」の視線で“邦人”には気づかぬ発見をしてきたといえよう。図らずも旅路の最後に、とりとめもない思考の歩みを集約する象徴的な存在に出会えたことをうれしく思う。

 

“山陰礼讃”を口にするようになった私は、当然帰路も日本海沿いを走る列車に座る自分を想像しつつ、気づくと「出雲縁結び空港」でお土産を手にしていた。文明の勝利……悔しいが認めよう。でも「京都―出雲」間を移動し終えて、この短い期間では山陰を十分に味わった。道行きを手伝ってくれた後輩ふくめ、その土地ごとのコメントを寄せてくれた知人・友人にもお礼も申し上げたい。持つべきものは「支局の友人」であるとわかったのも、ひとつの収穫であった。ひととの縁は、今後一生、大事にしたい。