山陰礼讃⑥「植田正治写真美術館」

201805/06

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Day4 鳥取 → 米子

 

鳥取砂丘を案内してくれた大森記者に別れを告げ、ぜひと勧められた米子をつぎの目的地に定める。靴底に残る砂の感触をたしかめながら、鳥取駅から出る特急「スーパーおき」新山口行きに乗りこんだ。

 

 

砂の記憶は足元に残るだけでなく、さきほどから内山田洋とクール・ファイブの『東京砂漠』と、久保田早紀の『異邦人』がずっと頭のなかで流れている。

 

砂丘には、どこかシルクロードの趣があった。行ったことはないがおのずとイメージが膨れ上がってゆく。異国情緒が漂うあのイントロから、“空に向かい両手をひろげる子どもたち”や“空と大地がふれ合う彼方”がありありと目に浮かび、私は「過去からの旅人」のひとりとなる。

 

旅人はみな異邦人である。あらゆるくくりやコードを離れた身になって、自分について、他者について、それらをつなぐものについて考える。その越境性が、自明とされる枠組みに内省をうながし、場所と場所との境界に立つ視座からは、いくつもの優れた文学や思想・哲学が生み出されてきたことは、つとに歴史が教えてくれるところである。

 

“ちょっとふり向いてみただけの異邦人”とは、切ないフレーズではあるものの…。

 

Day4-2 米子 → 植田正治写真美術館 → 松江

 

米子駅は鳥取駅から特急列車で約1時間、西部県境に位置し県下第2位の人口を有する商業都市だ。駅舎に立つと、どこもかしこも大山、大山の文字。“ダイセン”は中国地方の最高峰で、2018年の今年は「開山1300年祭」という節目にあたるらしく、山麓地域の自治体が一丸となってキャンペーンを張っているところだった。

 

 

さあ私も登山か、いや、さすがに旅も終盤、ちょっと楽をしたいなあと思うようになっている。それに私は別のスポットを大森記者より教わっていて、案内所で尋ねてみた。“植田正治”はどこにゆけば会えるのかと。

 

「植田正治写真美術館」までは車で20分ほどかかるという。さすがに徒歩では無理だ。バスの時刻を聞くと、GW中は一律2,000円でタクシーによる送迎をおこなっているから、どうですかと勧められる。渡りに船ということで、申請用紙に名前、住所等を記入すると、すぐに乗り場まで連れて行ってくれた。

 

車で20分とは感覚的にはけっこうな長距離移動で、そのあいだ町の人々の暮らしをすこし垣間見ることができ、たとえば畑を焼いてたなびく煙が、開け放った窓から流れ込んできては鼻をつく。この匂いも懐かしい。

 

大山を真正面に見据える広野に、そこだけ異質なモダンな建物がたちあらわれ、写真美術館に着いたことを知らせる。パンフレットの言葉を借りれば“豊かで穏やかな田園風景の中に突如として緊張した空気を発する美術館”である。

 

 

一見ミスマッチに感じるそれが、やがて異質なもの同士で調和して神秘的なオーラをまとうのは、植田正治の写真が醸しだす空気感を体現しているといえるだろう。「演出写真」といわれる非現実的な構図と取りあわせ。でもなぜか、郷愁をさそうよな親しさと優しさとをあわせ持っている。その世界に惹きこまれるファンは、私の友人にも多い。

 

一度見たら忘れられない『少女四態』(1939年)を間近で鑑賞できた。4人の少女を境港から米子にかけての弓ヶ浜で撮ったこの写真は、それぞれにポーズをつけてバランスよく配置。さまざまな展覧会や写真集でも目にしてきたが、その本拠地、氏の足跡をたどる美術館で鑑賞するのは感動もひとしおで、“アウラ”といってもいい体験に全身がふるえる。

 

また戦後に発表された『パパとママとコドモたち』(1949)は、植田家総出で砂浜のうえでオブジェと化したシュールかつユーモアあふれる代表作だ。そのうちまぶしそうに水仙を持つ女の子、植田カコが書いた文章「綴方・私の家族」もまたいい味をだしている。父・植田正治がどのような声、顔、姿勢で撮影していたかがよくわかる名散文となっている。(『カコちゃんが語る植田正治の写真と生活』、平凡社、2013年)

 

こういった一連の写真をみて回り、そうか、きのう私が砂丘で覚えた「遠近感を失う不思議な感じ」はまさに“植田調”のそれだったのだと合点がいき、ここでもまた、実物(鳥取砂丘)をみることから深まる作品理解を知ることとなる。なにごとも、足を運んでその目でみることの価値はとても大きい。

 

植田正治は「砂丘は大きなホリゾント」と言い、そこを「自然のスタジオ」と見立てて活動した。私のなかでも砂丘と写真とがゆるやかに、たしかにつながり始める。そしてにわかに植田風の写真を撮りたい衝動に駆られていまを過ごしている。

 

 

スマホのフォトライブラリをあさり、砂丘と群像の写真の一部を「モノクロ」に、中判の「スクエア」に、そして「周辺減光」と「白飛び寸前の階調」の処理をほどこして加工してみた。それがこの写真である。

 

つぎに砂丘に訪れた際には、構図とポーズを決めていろいろと試してみたい。ほんとうに、この地の魅力は尽きない。

 

「山陰を撮り続けた写真家」に思いをはせて美術館を後にし、島根県は松江を目指して山陰本線を移動する。旅もいよいよ終わりを迎えようとしている。

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