山陰礼讃④「山陰本線」

201805/05

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Day3 城の崎にて → 山陰本線異状なし

 

城崎温泉で1日文豪気分を味わった私は、すっかり“山陰ファン”になっている自分に気づき、ひきつづき自由気ままに山陰本線で旅することに決める。

 

 

しかし、「自由なひとり旅」とはいうものの、必ずしも好きなときに移動できるわけではない。実際のところ、出立の時間や使うルートなどは時刻表に大きく左右される。ゆっくり過ごそうとしても終電が夕刻であったり、逆に早く出ようとしてもつぎの列車が数時間後だったりする。最初うまくいっても、乗り換え時に数十分と待たされることもある。(この手の苦労は「水曜どうでしょう」のとりわけ「サイコロの旅」に詳しい。)

 

思い立ったらすぐ行動というのは、列車が数珠つなぎで走る首都圏の発想であり、ふりかえれば自分の故郷だって1本逃せば悲劇だったなと思いだす。また、ICカードはもとより自動改札機が見えなくなったあたりからは、駅員が旅客ひとりずつ切符を確認する姿があり、これも懐かしくみえた。(改札を出る客をさばくために駅員の手がとられた場合、なかなか改札内に入れないという事態もままあったが、旅先では時間に余裕を持った行動が肝要だ。)

 

さすがに切符に鋏を入れる駅舎には出会えないだろうが、私はおぼろげながらもその様子を覚えている。東京に行ってはじめて自動改札をみたときは、もの珍しさに自由研究の課題とした。

 

 

一方で、風情と歴史を感じさせる車両の多い西日本の鉄道に乗っていると、記憶にもない、“新鮮な過去”と出くわすこともある。たとえば運賃箱のある列車だが、この“ハイブリッドカー”はバスなのか、電車なのか、はたまた路面電車という位置づけなのか。整理券が出され、距離に応じて変わる運賃表もあるが、改札時に切符を買っているから大丈夫だよな…と最初は心配になった。押しボタンで開閉するドアはどこでもよく見かけるからいいとして、後ろの車両のドアが開かず、前の車両の一番前から降りる仕様となっているのには、間違いやしないかと不必要に緊張してしまう。

 

 

しかしそれも、車窓いっぱいに広がる日本海と、空をいくつにも分けてうつす田園とを見つめているうちに意識されなくなって、あとはもう、列車の心地よい揺れに身をゆだねるばかりとなった。

 

 

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