山陰礼讃③「城崎にて」

201805/04

Day1 ■ Day2

 

Day2-2 東舞鶴 → 西舞鶴 → 豊岡 → 城崎にて

 

舞鶴の引揚記念館を後にし、つぎの旅先を考えていたところ、まず目に浮かんだのはこの美しい港湾風景であり、それを観たいがために山陰を移動するのもありだと、日本海側を走る列車を探してみた。

 

旅の友と呼ばれる存在はいろいろあるだろうが、私にとっての一番はみどりの窓口。この漠とした「目的地なき目的」を告げると、さすがは親友、明確なヴィジョンを示してくれる。いわく、西舞鶴に行きなさい、そこから「京都丹後鉄道」が出ているから、乗ってみなさい。

 

 

みどりさんの助言に従って西舞鶴まで戻ってみると、なにやら旅情を誘う車体が待ち構えている。食堂車らしきものがちらりと見えて興奮を隠しきれず。私が乗車したのは予約不要の普通席だったが、それでもゆったりとしたボックス席から丹後地方の風光明媚な景色を存分に眺めることができ、これは特別料金を払ってもおかしくはないほどだ。舞鶴から宮津、天橋立を遠目に映し、列車は青い山を切りわけ西へと進む。

 

 

持つべきものは“友だち”である。京都市内よりもよっぽど良いものをみせてもらった。あっという間に終点、「豊岡」にたどり着く。

 

さて、目的を果たしてしまった私は、グーグル先生にお尋ねする。豊岡とは、どこですか。なにがあるんですか。ノリで来てしまった若者(でもないか)に道しるべを……。

 

“友人”につづき“先生”はある温泉街を指さした。赤いポイントには「城崎温泉」とある。城崎…城崎といえば、志賀直哉先生ではないですか!

 

 

文学に暗い私でさえも『城の崎にて』の題名とあらすじくらいは知っている。高校の国語の授業の記憶をたぐりよせると、蜂とか、鼠とか、イモリとかが、死にそうな感じで出てきた。

 

…こんな思い出し方では怒られてしまう。『赤西蠣太』や『小僧の神様』は国語教師が熱心にすすめてくれたので、当時よく読みこんだ。城崎はどうも、イメージがわかない。

 

では「今でしょ」ということで、山陰本線に乗り換え城崎に向かう。山の裾を流れる河川が徐々に広くなり、日本海が近づいていることを教えてくれる。ここでも絶景をまたひとつ知り、感動しているうちに「城崎温泉」に停車した。

 

 

ここが…志賀直哉か。たしかに、なにかが書けそうな気がする。いや、まだだ。温泉に入らなければ。

 

外湯めぐりがはじまった。緑に覆われた山々を脇目に、夕日に染まった茫洋たる日本海を見ながら浸かる露天風呂は、手あかのついた表現を許してもらえば「極楽」だった。移住したいと思った。すくなくとも、また必ず来るだろう。

 

こんなところで療養していたら、虫の死骸からつぎつぎと言葉が生まれてきても不思議ではない。私ははじめて、『城の崎にて』で描かれた自然と心理のディテールを、志賀直哉が向けた視線と観察眼を、想像することができた。

 

旅のおもしろさは、各地に眠っている。今夜はここを宿泊地とする!(だんだん「水曜どうでしょう」になってきた。)