山陰礼讃①「舞鶴にて」

201805/03

 

Day1 東京 → 京都 → 舞鶴

 

GWも“後半”というが、自分は大型連休にはいってはじめての連休を得て、きょうからが前半。旅行はもとより、帰省するひとも多いだろう。私もどちらかというと後者に近く、ただ顔を見られないという点で、すこし事情が異なる。

 

 

それは墓参りとも違う。今回の目的地に実家はない。しかし満州、シベリアとわたった祖父が、抑留生活の末に帰還した港が舞鶴湾であり、一度その土地の匂いをかいでみたいと思っていた。当地には「引揚記念館」もあり、足跡をたどるにはうってつけの場所だ。

 

長年そう願いつつ踏みだせずにいた背中を押してくれたのは、4月、早稲田の上映会で学生たちと観た『ゆきゆきて、神軍』だった。すでに何度も鑑賞している映画だが、上映後の意見交換でいろいろと感じるところがあった。

 

 

登場する元隊員たちは、一見すると「嘘」を重ねて事件の真相を歴史の闇に葬ろうとしているように映るが、いま国会で平然と飛び交っている嘘とは別の次元ではないか、という声を聞くことができた。正直、初見のときには「嘘のループ」に国体と組織の隠ぺい体質をかぎとっていたが、観なおしているうちに、自分の祖父も似たような表情をしていたことに思いあたる。

 

「言わない」ではなく「言えない」。あるいは「トラウマ」としての忘却。自己保身というよりは、生きるための防衛反応だったのかもしれない。祖父の固く閉ざした口元や、さまよう視線、田舎でつつがなく暮らすことからにじみでる生活感……元隊員たちのそれとそっくりだった。

 

厚生労働省の記録をあたれば、ある程度は事実を突きとめられるだろう。しかし今回、帰りの日程を定めずに私が旅先でしたいことは、紙の資料からは浮かび上がらない、文字通り言葉にできない何かを、実感として把握することだ。

 

Day1-2 舞鶴 → 東舞鶴

 

 

東京駅から東海道新幹線で2時間半、京都駅からは山陰本線と舞鶴線で北上して1時間半、あわせて約4時間の道程で目的地の東舞鶴駅に到着する。飛行機での出張に慣れた身にとって、地理的に近い地域への移動に多くの時間がかかることが、不思議であり新鮮にも感じた。

 

しかし鉄道のほうがよほど好きだから、飽きるどころかむしろ心が満たされる。車窓を眺めるためだけに、あてもなく乗っていてもいいくらいだ。そして実際、京都駅から亀岡に通ずる嵯峨野線を経由して下りゆく景色は、緑あふれる山々と渓谷、それも人の目に映えるように長年守られてきたとわかる優しい自然が流れさり、まったく時を忘れるほどであった。

 

 

それは東舞鶴の地を踏んでからも変わらない。いや、いっそう強まったともいえる。ニュースフィルムや戦争映画で見知っていた“舞鶴”は、粗いモノクロの映像や陰鬱な物語展開ともあいまって、じつに寒々しいイメージを私に植えつけていたのだが、それを払拭するように逆の体験が、すなわち新緑の山を越えて突き抜ける高い青空、初夏のすがすがしい気候に、陽光をたたえる静かな港が待ち受けていた。

 

 

祖父もこのような季節に出迎えられたのだろうか。そうであってほしい。辛さと、厳しさと、悲しさとを、ずっとイメージしてきた。それがきょう、祈りに似た気持ちをもって訪れた自分が、反対に“祈られている”ような心持ちになった。

 

もちろん、引き揚げ先のあたたかさが、シベリアでの労働とその記憶を軽減するものではない。それでも、引揚船にゆられて目にとめた最初の日本がこのようであったらいいと、強く願わずにはいられないほど、初の舞鶴は幸福な印象を与えてくれた。

 

あすは引揚記念館に行く。