第40回 ジレンマから6年経って

201801/02

 

毎年のこの朝、自分のサイトをのぞくとアクセス数がびゅんと瞬間的に伸びていて、また1年が経ったのだと実感するならいがある。さっそくEテレのホームページを検索し、あった、あったと確認したのは「ニッポンのジレンマ 2018元日スペシャル」。その番組が立ち上がった当初の2012年にかかわりがあってブログ記事を書いていたことから、ここにたどり着く人が多数いるのだろう。

 

かかわりというのは、添付の写真のように自分も少し出演したこと。より詳しく言うと当時隆盛だったUstreamでその二次創作番組を制作・放送していて、それがテレビマンユニオンさんの目に留まり友人たちとみんなでNHKの方に顔を出したという経緯がある。オンエアでの発言を記録(Twilog)で思い出してみると、たとえば自分は「20歳以下の選挙結果も公表すべき。若者の意思表明の場をつくることが必要」と言っていて、選挙権年齢が18歳に引き下がった現在とその諸結果から振り返るに胃がきりきりと痛む。

 

 

その時はたぶん、支持する政策も政党も‟若者”は上世代とは違う意志を持っているとの前提に立っていた。ところがふたを開けてみればどこを切ってもさして変わらない「金太郎飴」状態であり、結果として世代と世代の敵対性からより高次な社会像を導き出すことよりも、どの世代においても埋もれている小さな声(マイノリティ)を守ることが重要だと、教科書的だが経験として今わかるようになった。当たり前のことを当たり前に取り組むために必要な6年間だったのかなと思う。

 

その後ニッポンのジレンマは大先輩の白井聡先生(『未完のレーニン』『永続敗戦論』ほか)が登壇したあたり(2014年)で追うのはやめ、先生の表情から察した怒りのエネルギーに共鳴しつつ自分も違う場所、違うかたちで問題と向き合うこととした。ネット番組も水道橋ギークカフェさんを会場に最後の放送を行ってからもう4年近く月日が流れている。(本当にお世話になりました。)相変わらず仕事では司会等の役目をいただくことはあるが、個人的な活動はこれからも文章だけに絞ってゆきたい。

 

今年のジレンマも視聴はしなかった。だがサイトで『「根拠なき不安」を越えて』というテーマで論じていたことは知ることができた。どんな話し合いが持たれたのだろうか。先ほど各世代の顔を「金太郎飴」と表現したが、「株価最高!」「就職率アップ!」「日本すごい!」と異口同音に言うのなら、そんなに不安はないはずだ。いや、意地の悪い言い方をしたかもしれない。それら事象に「根拠がない」からこそ漠然とした不安があるに違いない。「株価最高!……私の手取りは? 就職率アップ!……これ私の仕事? 日本すごい!……私には何が?」。こんなところであろうか。

 

‟日本すごい”に関しては個を国家に預けて安定を得ようとする欲求から来ているとみるが、いくら日の丸を背負ったアスリートが好成績を残しても‟私”が華麗に舞ったり、速く走れたりするわけでなはい。またいくら下町の工場の技術が優れていても“私”がものを作れるわけではない。頭は熱狂していても、実存は満足していない。実存が“私”に呼びかける「不安」は子どものように素直で残酷である。その‟危機”に乗じて国家はより過激なスローガンを個人に掲げる。よくできた仕組みだと思う。

 

「日本すごい」から「私すごい」へと個の尊厳・誇りを取り戻すには何をすればよいか。「日本を取り戻す」ではなく「私を取り戻す」ために誰かが誰かにできることはないか。人間疎外については学生の頃からのテーマであったが、さまざまな失敗を重ねてきた今もう一度、真摯に考えていこうと思います。