八月 私の狂詩曲 No.1

201506/14

 

 亡くなった祖父の電話番号を今も携帯から消せないでいるのは、人の生死と存在とは別物であることを心ひそかに悟っているからかもしれない。例えば午後の昼下がり、目の前の紙コップに耳を当て、思いを紡いだ糸をピンと張って遠くに伸ばした先には、梅雨の晴れ間に田植えをする祖父の息遣いが聞こえてくるようだ。

 

 私の実家も田んぼに面しており、まさに合唱とも呼ぶべき蛙の鳴き声が夏の調べとなって響いている。かえって東京の夜は静かすぎてよく眠れないくらいだ。また明け方にキジバトがホーホーとさえずるのも、田舎では目覚まし代わりだった。一方、祖父の田舎の風物詩を知るには毎年送られてくる林檎や餅といったもので十分で、祖父が使いたがっていたFAXはうちに受信機がないとはいえ互いの交流には必要なかったであろう。

 

 そんなファクシミリの話題などどこ吹く風、今は小さな子供が難なく携帯電話を手にする光景がポータブルゲーム機を持ち歩くのと同じくらい頻繁に見かけるようになったが、僕が携帯電話を使い始めたのは中学校へ入学した時、iモードがその年のヒット商品として売れに売れている頃だった。だが自分の関心を引いたのは手軽に接続できるインターネットサービスではなく、文通や交換日記に代わるメールという機能であり、意中の人のアドレスをゲットするのは夏の日の昆虫採集に等しい眩い輝きがあった。

 

 いつだったか、送りはしないからと自らの性格とは裏腹の情熱的な本文をしたため上げたことがある。夜ごと送信ボタンに指を重ねてスリルを味わっていると、「送信中」の文字が画面に現れた。必死の形相の連打もむなしく取り消すことができないと知るや、階段を駆け下りたり上がったり、はたまた飛び降りたりと奇怪な行動をとった。「ごめんなさい」という返事からは、落胆より安堵を得たように記憶している。

 

 そんなことを思い起こしていると、いくら通信技術がスマートに進歩し暮らしが便利になっても、取り返しのつかない馬鹿なことで焦ったり、消せない電話番号に思いを寄せたりするくらいの野暮ったさが、自分に染みついたふるさとの匂いなのだと感じ入る。

 

 近ごろ人間関係が「希薄」になったと世間では言われるが、コミュニケーションの手段が増えて言葉の濃度が「希釈」されているのではないかと考えている。それは言語の「解釈」(意味合い)において顕著に示される。一例を挙げれば憲法の「戦争の放棄」は本来その文字以外の効力を持ちえない。一人一人が条文と向き合う時、それより他の発想が浮かぶことの方が難しい。しかしながらコミュニケーションが網の目のように張り巡らされ、文字を見つめる主体が顔のない「集団」としか言えないような状況になった時、浮かび上がってくるのは不思議と逆の、ひねくれた視点になる。

 

 どんな理屈をつけても、戦力を持たない国はどこにもない、という反論はいたる所で目にする。最初の一文に戻ろう。有るか無いか問いかけることと、その存在とは別物なのだと。林檎の甘い蜜、焼いた餅の香ばしさ、手製のブランコのざらついた錆、それらはもう触れることはない祖父との思い出だが、すでに無いものが今の自分の心を温めそれに則った行動を現実にさせている。誰もが線香のたなびく煙は燃えかすに過ぎないことを知っている。それでもそれを一対一で繋がる糸になぞらえ会話をする。そこから、生きる物語を形成する。そういった想像力が集うところに、いつの世も歴史のページが開かれている。

 

#14