第21回別冊スクラップブック『レコードプレーヤーを買ってみた / SIDE 2 母の《初恋》』

201406/12

 

 ときは中学。ぼくは陸上部の部長。校庭をひとっ走りして汗を拭っていたところ、後輩がなにやらおびえた様子で近づいてくる。「先輩、校門の木陰に、アヤシイ人がいます……。」「なんだって!!」とぼくは力んだ。近ごろ生徒の青い体操服を盗み見るおじさんがいるから気をつけなさい、と先生から言われていたのだ。ここはこの俊足をいかしてその変態を捕まえて、後輩にかっこいい姿みせてやろう、よし!! と前傾姿勢をとった。

 

 ……走るまでもなかった。見やれば、茂に隠れオペラグラスを目に当てた母が、まっすぐこちらをのぞいていた。それはもう、家に帰ってから怒鳴りつけた。「だってシカミミが走ってるの見たかったんだもん」と悪びれずに言う。こんな母を背負ってきたぼくは、母のことだけは書くまいと心に決めてきた。世間に出してはいけない存在だ。しかしぼくの一挙手一投足に興味があるらしい母は、今も懲りずにぼくの領域に踏み込んでくる。「そんなに映画好きならお母さんにも教えてよー。」『楢山節考』を勧めた。姥捨て山の話だ。

 

 ではなぜここに母のことを書きはじめているかというと、母がぼくのレコードプレーヤーにも興味を示しているからだ。そして思いもよらぬことを語りだした。

 

 「お母さんは昔、レコード屋の店長だったのよ。」

 

 なんだって!! よりによってこの母が、オペラグラスの母が、そんな洒落た器用な仕事ができるのか? その前に、この人はぼくが産まれたときからずっと専業主婦だったはず。レコードに触れている姿など一度も見たことがない。

 

 それもそのはずで、店長だったのは「二十歳」のころだと言う。なあんだ……いや、こちらのほうが驚きだよ! そんな小娘に店長が務まるのか! 聞けば、案の定、ロックなどてんでわからず、お客さんに教えてもらっていたそうだ。「店長さん、ほら、そこの、違う違う、そう、それ」といった感じか。店には歌謡曲しか流れなくなり客足も遠のいたよう。逆に足繁くなったのは万引き犯であり、しょっちゅう盗まれるので、社長をして「捕まえたら5000円!」と言わしめた。母は追いかけた。店を飛び出て、逃げる万引き犯を駅まで必死に追跡した。駅までとはすごいが、そのあいだ店はどうなっていたのだろう。

 

 そんな母ではあったが、胸を張って「売り上げは私の仕入れのセンスにかかっていたのよ」とぼくに説く。そうですか。それで、いちばん記憶に残っている“仕入れ”は? と聞いた。母は村下孝蔵の《初恋》をあげた。ソニーミュージックが「どうぞこれを置いてください」と持って来たとき、試聴した母は即座に「これは売れる」と思ったそうだ。ぼくは息を呑んだ。大学入学時、ぼくの心をつかんだ音楽も、その《初恋》だったから……。

 

村下孝蔵《初恋》

 

 ときは大学。ぼくは一人ぼっち。上京して右も左もわからず友人もうまく出来なかった。高校は男子校だったので久しぶりに見る女の子。接し方を忘れてしまい、まるで別の生き物を観察するかのように戸惑うばかり。“あれ、女の子にはまずスカートめくりからだっけ? うん、そうだ。それでキャハハとなって……” 御用である。

 

 そこで思い出すのは、女子もいて、楽しく優しかった中学時代。昔を振り返ってはため息をついて、臆病にも部屋に閉じこもっていた。そんな日々を送っていたある日、ラジオから印象的なイントロが流れ出し、太くも澄んだ歌声が美しいメロディにのって聴こえてきた。ぼくはハッと顔を上げ、ボリュームをアップし、小さなトランジスタラジオに耳を傾けた。

 

♪《初恋》(1983年)
五月雨は緑色
悲しくさせたよ一人の午後は
……
好きだよと言えずに初恋は
ふりこ細工の心
放課後の校庭を走る君がいた
遠くで僕はいつでも君を探してた
浅い夢だから 胸をはなれない

 

 あのころが蘇る。放課後の校庭、ぼくは走りながら、遠くで走る君の背中を見ていた。ストレッチをしながらも、視線は君を探し求めている。整ったフォーム、小さな息遣い、流れ落ちる滴のような汗……。でも、トラックを離れればおしまいの関係。短距離走は得意だったけど “好きだよ”で縮められなかった距離。

 

 この曲で受けた衝撃ならびに感傷によって「村下孝蔵さんに会いに行こう」と思い立った。もちろん当時すでに村下さんは亡き人であったことは調べてわかっていた。茨城県にあるお墓にうかがおうと思ったのである。入学してからはじめてぼくに行動を促したのは「村下さんのお墓参り」だった。

 

 長い時間電車に揺られ、名も知らぬ駅で降り、霊園に向かってひたすら歩いた。

 

茨城

 

 そしてようやく墓前にたどりついた。しかしその前にはすでに女性がいて、色とりどりの花を手向けている最中だった。ぼくはおそるおそる近づいて声をかけた。「村下さんのご家族ですか?」

 

村下孝蔵さん お墓

 

 彼女は笑って、違います、村下さんのファンです、と答えた。ぼくもです、と言ったあと、自分が大学生であること、《初恋》が好きでここまで来てしまったことを打ち明けた。彼女はうん、うんと同意し、村下さんの生前から音楽活動を追っていて、実際に交流もしていたと話してくれた。村下さんがどんな人であったか、どの音楽がいいかなど会話は弾み、別れ際、彼女は「今は廃盤になってしまって入手できない曲もあるんです。よければ私がとり溜めたライブ音源、ラジオ音源のカセットテープを送りますよ」と提案し、ぼくはぜひともということで、住所を書いたメモ用紙を渡した。後日、手紙とともにカセットが届いた。

 

「森田君
先日村下さんの墓前で出逢えた事
きっと村下さんが、後世に伝えて…と
言ってる様な気がして嬉しかったです。」

 

「村下さんは、きちんとした人が好き。
きちんと…? とは他人を傷つけたり
自分をだいじにしない人はキライです。
ある時、若者が自ら命をたちました。
とても悲しく思い そして生きていれば
必ず見つかる物があるし出逢いもある…。
そこから色々な事が生れてくるものを…。
村下さんは命をだいじにしない事におこっていました。」

 

「人生つまずきは沢山あります(これから先…)
でもそんな時こそ私達が出逢えた事
そして村下さんが歌っている歌の意味を
しっかり見つめて 決して くじけないで
力を借りるのです。」

 

村下孝蔵 カセット送っていただいたカセットの一部。村下さんが演奏する、YAMAHAのギター宣伝用ビデオもある。

 

 ぼくの大学生活がはじまりを告げた瞬間だった。ぼくは歩みだし、その後多くの人との“出逢い”があり、たくさん“つまずき”ながらも、どうにか“きちんと”生きている。最後に送られた手紙には「私が集めていたテープをMDやROMに永久保存してもらえたらうれしいです」とあった。ぼくは彼女に対してだけでなく、勇気をもって踏み出せた人生へのお礼として、受け取った村下さんの音源のデジタル化を進めている。

 
 

 母は語りつづける。《初恋》を店頭に置いたあと、たまたま地方のラジオ局にレコード屋の店長として生出演し、「おすすめの曲は?」と聞かれて「村下孝蔵さんの《初恋》です!」と答えたそうな。そうしたら田舎では《初恋》が売れはじめ、噂が噂を呼んで楽曲は音楽チャートを上昇してゆき、ついにはベストテンに入った。母の電波上の影響力がどこまであったのかは不明だが、氏最大のヒット曲に少しでも貢献したようならファンとして嬉しい。うちの母が、あの《初恋》を押し上げた……。それにしても時を隔てた《初恋》物語、やはり親子なのかあと思う。

 

 あまり母を美化したくもないので(オペラグラスの人ですからね)、母のした“いけないこと”も記しておこう。母は当時の彼氏に、自分が店長なのをいいことに、店のレコードを勝手にダビングしてプレゼントしていたのだ! 彼好みのものを。(彼は実情を知らない。流行に敏感な目利きだと思っていた。)恋人同士で曲を贈りあうのはよくあるが、母よ、それはいかんぜ。恋は人を盲目にさせるとはよく言ったものだが。

 

 しかしその“いけないこと”によって届けられた音楽が彼の心に響き、結婚し、ぼくの父となったのだから、あまり否定もできない。もう時効、とだけ思っていよう。“初恋”を胸に秘めるように……。

 

村下孝蔵『花ざかり』村下孝蔵さんのレコード『花ざかり』

村上保さんによる切り絵がいい。

 

※『レコードプレーヤーを買ってみた / SIDE1』はこちら http://shikamimi.com/notes/1797