第18回別冊スクラップブック『淡泊宣言 / 恋に木枯らし』

201404/01

 

 高田馬場でS先生を囲み仲間たちと飲んでいた。だいぶ酔いもまわってきた頃、話題は哲学・社会問題からなぜかぼくの学生時代の恋愛話(恋バナ)に移っていた。ぼくは淡々と答えていった。沖縄と東京で遠距離恋愛していたこと、15件くらい色々なカフェをめぐってデートしたこと、手を繋いでひたすら山手線内を歩き回ったこと、自宅で美味しい料理をふるまってもらったこと等々。(ちなみに全部違う人、違う思い出。)みんなは「それで……」と言う。「それ以上、とくになにも……」。S先生は哲学者らしく言った。「シカミミの身体的下部構造には問題がある!!」

 

 一同頷き、口々に言う。「沖縄……遠すぎないか?」「15件のカフェめぐりから発展なしって、向こうにとっては連れ回しの刑ではないか?」「手を繋いで、そこから、そこからなにもないのか!」「一人暮らしのアパートに招かれ、ご馳走になってテレビ見て終わり!?」みな息を切らして責め立てる。ぼくは黙りこくり、代わりにポーランドの酒場で言い寄られ一夜の情事を楽しんだ仲間の話や、同棲の良さなどを聞かされた。そして話題はどんどんよくある下ネタの方向に流れていきぼくの“身体的下部構造問題”は立ち消えとなったが、しばらく、ずっと、落ち込んでいた。いまもその欠陥とも呼ぶべき問題を考えている。

 

 「下部構造」とは本来マルクスの史的唯物論で使われる言葉で、社会の土台をなす経済構造(下部構造)が、政治・法律・文化などの「上部構造」の在り方を規定する、といったものだ。だがここではまったく関係のない話で、ようはぼくが下半身体的に淡泊ではないか、という問いに収まる。それゆえ恋愛の上部構造(古い言い方をすればABCの発展段階)に歪みが生じていると……。

 

 ぼくはここで大槻ケンヂのエッセイ『オーケンの散歩マン旅マン』を涙ながらに思い出す。それは彼がバンド「筋肉少女帯」のツアーで広島に行ったとき、そこのファンから快獣ブースカをもらったという話にはじまる。オーケンはブースカのぬいぐるみを子供のように可愛がるようになる。

 

快獣ブースカ

 

“クマのプーさんのぬいぐるみからはぎ取ったシャツを着せ、赤ちゃん用のしま模様パンツを履かせている。Tシャツには、押すと3種類のブースカの声が出る小さなオモチャを仕込んである。こうしてパワーアップした言わばスーパーブースカと、私は毎日をくらしているのだ。”

 

“朝起きたらオモチャのボタンをカチャッ。「しおしおのパ~!」
夜、帰宅するや再びカチャッ。「プリプリのキリリンコ。カッカッカ~!」
夜、枕元でおやすみのカチャッ。「バラサバラサ~」”

 

 このときオーケンはもうすぐ33歳を迎えようとしていた。「嫁も子もまだ、ない。」と自分で言ったあとにタロー子が登場する。「オーケン、池袋でブースカ博覧会やってるよ。一緒に行こう。」

 

“タロー子は明るくよくしゃべる娘で、仕事が終わると山奥の墓地のように暗く黙り込んでしまう私とはバランスが取れているのだろう。何かにつけ、「遊びに行こう」と電話をかけてくる。”

 

 「オーケン、原宿にブースカ専門ショップができたってよ。一緒に行こう。」

 「オーケン、向ヶ丘遊園に『ブースカランド』ってのがあるってよ、今から行かない?」

 

 次の節、なぜかオーケンは一人でブースカランドに向かっていた。

 

“ほどなく向ヶ丘遊園に到着。季節はずれの遊園地はガランとしていて、抜けるような冬空の青色がまた静けさに拍車をかけて、クマさんやゾウさんの置きものが風に吹かれてさながらゴーストタウンの様相。(…)トコトコと散策すれば「孤独」を感じるにこれ以上うってつけのシチュエーションは、サハラ砂漠の真ん中に一人パラシュート降下するぐらいしかないのではないかと思えるほどだ。”

 

 「だがこの孤独、嫌いではない。」とオーケンは言う。しかし目当てのバンダイ製赤ん坊サイズのブースカがないとわかったとき、彼は公衆電話に100円を入れてタロー子に「ブースカなかったよ」と電話をかける。

 

“タロー子は「アハハハ、本当に一人で行ったの?」と笑う。「それはね、私を置いて一人で行ったりするからよ」と言って電話の向うで笑う。「一人で行って楽しい? オーケン」「それなりに」「私と行ったらもっと楽しいよ、私と行ったらブースカも売ってるよ、だって私は君のこと…」 100円が切れ、プー、プー、と電子音が鳴った。”

 

 次の節、オーケンは「なにもかもが嫌になり」一人旅に出ていた。おめかししたブースカを抱えて。そして旅館での夕餉時……。

 

“ブースカを脇に置き、かまぼこを挟んだはしを近づけて、「ホレ、食え」と言ってみる。逆の手で音声玩具のポッチを押すのだ。「プリプリのキリリンコ~!」ウフフ、こいつ、かまぼこは嫌いなようだ。”

 

“ウフフ、ウフフ、とブースカの頭をなでながら笑っている所へ仲居さんが入ってきてオレはすべてを見られた。”

 

 ブースカとの旅が終わった次の節で、彼は「あれだけ仲のよかったタロー子と疎遠になった」と言い、つづいて告白する。

 

“もう、僕は、私は、オレは、これからはキッパリと一人きりで生きていくのである。決めたのである。遺伝子とかデオキシリボ核酸とか、そういった極めて根源的な問題なのであろう。(…)オレはきっと一生涯独身で家庭もなく中年になってジーさんなって老人ホームに入って一生を終えて無縁仏になって誰一人とて墓参りにさえ来ないのだ。そういう運命なのだ。仕方がない。”

 

 長いダイジェストとなったが、これぞぼくの指摘された “身体的下部構造の問題”(オーケンのいう“極めて根源的な問題”)を想像させるエピソードである。タロー子ではなくブースカを選んだオーケン、なぜだ!! でもそのなぜを運命として規定しているのが下部構造。ぼくの知るかぎり、オーケンはまだ結婚していない。

 

 いやね、もうしょうがないんだよと割り切っている自分と、この身体的下部構造に恐れを抱いている自分とが同居している。実は、ぼくの身近な界隈を見渡すと、尊敬するほとんどの人が未婚なのだ。未婚の魅力的な編集者や哲学者が、三十代から六十代まで揃っていて、彼らに囲まれたぼくは、同じようにその道を進むに違いないと正直びびっている。各年代いらっしゃるので、まるで“未婚のライフサイクル”をみているかのようだ。ぼくの下部構造問題を突いてきたS先生も、未婚である。

 

 でもS先生はアイドルに熱狂できるという点で、ぼくより下部構造が機能(発達)していると考えられる。ぼくはAKBにもももクロにもBiSにも身体が高揚する感覚が得られない。今のどんなアイドルにも本当に興味がないのだ。ドドンパドドンパ押し寄せてくるヤンキー歌謡などは怖くて逃げだしてしまう。

 

 と、日々口にしていたらある日菩提寺医師が「リリーズ」という70年代のアイドルを勧めてきた。しかもdisk unionの昭和歌謡館にて、足元の収容棚のいちばん右の列の三枚目にそのレコードを置いてきたから、という。まだ整理されていないLPが何千枚と詰まった足元の棚から目的のもの探し出すのは大変なことである。ぼくはその執念と愛情に感動し、仕事終わりにさっそく昭和歌謡館を訪れてみた。地図を渡された宝捜しのようだ。ひしめくおじさんたちにすみません、すみませんと言いつつ場所取りをし、約束の棚の前にしゃがみ込みながらたどり着く。一枚、二枚、三枚……あった! リリーズの『恋の木枯らし』、とったぞー!! と心のなかで菩提寺医師に叫んだ。

 

 その後、続々とリリーズ情報が送られてきて、ぼくはその場に足を運んでは買い集め、ついにはリリーズ全5枚のLPのうち3枚が今、手元にある。

 

リリーズ

 

 双子のアイドル、リリーズ。ユニゾンが心地よい。名前こそ知らなかったもののこの曲は有名で耳にしたことがあった。ファーストアルバム『小さな恋のメロディー』(76年)収録の《好きよキャプテン》だ。

 


好きよ好きよ キャプテン
長い髪が似合う
私あこがれてた ひとつ上級生

 

 なんて純粋な歌詞だろう! 肉欲なしに安心して聴ける。これが溜息混じりに「ダメよダメよ キャプテン」だったらアウト、この感覚おわかりいただけるだろうか。でも今のアイドルはこんな感じにけっこう攻めて誘ってくるものが多い(と個人的に思っている。)

 


好きよ好きよ キャプテン
忘れないわきっと
生きることと恋を教えてくれたの

 

 ぼくは補欠でほぼ坊主頭だったけど、聴いていて束の間の夢が見られたよ。ぎゅっとハートをつかまれる、求めていた感覚はコレなんだ。

 

 また気に入っているのはセカンドアルバム『恋に木枯らし』(76年)のSIDE1にある《にゃん子とLOVE LETTER》。

 


イカス彼に宛てたLOVE LETTER
イラスト入りの 特製
どうせ今度も 燃やすのだけと
大胆な事 書いたの
ところが 大変!

 

 イタズラ猫が現われて、手紙をくわえて外に飛び出してしまったのだ!

 


とても困る!困る!見られちゃ!
ママにも内緒だったの
ニャン子 ダメよ!ダメよ!返して!
手袋と交換して

 

 と言って公園などを追いかける。しかしイタズラ猫はつかまらない。タッタッタと駆けていった先は……

 


ニャン子が着いたのは(なぜか)
心がときめく 彼の家
私にかわり ポスト 手紙入れたの

 

 なんと猫が“イカス彼”の家のポストに手紙を入れてしまったのだ!! 動揺する女の子。しかし……

 


とても困る!困る!見られちゃ!
だけど ほんとはありがとう
ニャン子 ダメよ!ダメよ!返して!
だけど 勇気が わいたわ
ニャン子とLOVE LETTER

 

 この、恥じらいと喜びで揺れる乙女心、ウフフ、グッときましたぜ。今の時代、誰がこんな寸劇を歌えよう。

 

 ぼくはブースカを選んだオーケンがよくわかる。好きになる勇気もなく、一人でいる強さもない、そういう人間はどう生きればいいのか。これはぼくの“身体的下部構造問題”以上に哲学的な問いだ。師事しているN先生は週刊誌でこう語っていた。「いろんな仕事が入っていて忙しいのでさほど孤独を感じず、セックスだけが『生の喜び』ではない」と。その通りだ、またある人はブースカを抱き、またある人は70年代アイドルに心を癒されてもいいじゃないか。筋肉少女帯の歌にもあるが“これでいいのだ”と絶叫したい。「関白宣言」なんてできやしない、「淡泊宣言」してやる!! 今度の飲み会では“C”を至上とする仲間たちにそう言ってやろう。

 

『恋に木枯らし』より、《エイプリルフール》

♪エイプリル・フールでもないのに
エイプリル・フールでもないのに
さよならなんて まさかうそでしょう

卒業してからかわったあなた
冗談だから 笑ってみせて

 

リリーズ『小さな恋のメロディー』裏ジャケ

※リリーズ『小さな恋のメロディー』の裏ジャケット。なかなかかっこいい。

リリーズ・ライナーノーツ

※ライナーノーツより。なおみ、好きな詩がジャン・コクトーってのもかっこいい。