第17回別冊スクラップブック『腕時計のオーバーホールに挑む / OMEGA スピードマスター』

201402/11

 

日テレ通り

 

 東京に45年ぶりの大雪が降った翌日に、ぼくは床屋に髪を切りに行った。番町にある、居心地の良い床屋だ。いつものごとく他愛もない話を交わしていると、担当の理容師さんがふと、来月で店を移ってしまうことを告げた。振り返れば、ここに来てからの七年間、毎月欠かさず髪を切ってもらっていて、その時が途切れるのかと思うと、言いようのない寂しさを感じた。ぼくにとっての七年間は、大学入学から卒業、そして脱就活を経て現在の職にたどり着くまでの、もっとも濃密な時間だった。悩んでいるときや、落ち込んでいるときのほうが多かったような気がするが、髪というのはどんなときでもすくすくと伸び、まったく当人の気も知らずに、なんて笑ってしまう。

 

 この月日は理容師さんにとってもさまざまなことがあった日々に違いなく、理容師さんとぼくのそれぞれの時間が、偶然にも七年間重なり合ったことは、とても感慨深い。不思議なことに、毎日通っていた大学よりも、月に一度訪れる床屋のほうが愛着がある。そういえば、数か月に一度イベント会場として使わせていただいたカフェの店主も今月でいなくなってしまうと聞いた。これも会う頻度にかかわらず、募る寂しさはことさら大きい。時間というのは一体どのような構造をしているのだろう。今たとえ自分の出た大学が消えたとしても、全然悲しくはならないのに。隣の椅子では、番町の再開発が話題に上っていた。

 

 後ろ髪を引かれる思いで床屋を後にし、雪を踏みしめ銀座に向かった。昨年末に預けていた腕時計のオーバーホールが完了したとの連絡があり、それを引き取りに行く。オーバーホールとは、機械製品を一度分解して清掃したのちに再び組み立てる一連の作業のことを指し、簡単にいえば製品を新品時のように戻すメンテナンスだ。手間もかかり、お金もかかる。こんな言葉を知ったのは、父から機械式時計を、OMEGAのスピードマスターを譲り受けたことによる。おそらく大学生の中頃だったろうか、この腕時計をなにかの機会にもらって以来、ぼくの左腕には絶えずコイツが付き添っていた。

 

 たいてい、タダで手に入れたものはそのありがたみがよくわからない。高そうな時計だなとは気づいていたものの、あまり興味を示さずに勉強や活動や仕事に酷使しつづけていた。父からはそろそろ購入して五年くらい経つからオーバーホールする必要があると言われていたが、それには数万円かかるということで、それじゃもう一本腕時計が買えてしまうなどと思って放っておいた。その考えが変わったのは、今身につけているものが「月に行った腕時計」で、計り知れない情熱と技術が注ぎ込まれていると知ってからだ。JOSH SIMS著『MEN’S FASHION BIBLE』を読んでいると“THE MOON WATCH”という項目に出くわした。

 

OMEGA 宣伝コピー

 

“月で最初に使われたのはオメガスピードマスターだけだ。(…)スイスの高級腕時計メーカーであるオメガは、あらゆる状況で最大限の視認性を確保し、割れても粉々にならないアクリルガラスを開発した。どんなに小さな破片であろうとも、鋭利なガラスのほんの一片が時速数万キロメートルの宇宙船内に飛散したら大惨事につながりかねない。”

 

 1969年、あのアポロ11号が月に向かって飛び立ち、スピードマスターは月面で着用された腕時計となった。また映画の題材にもなったこのような逸話がある。

 

“1972年、アポロ13号が完全に機能停止に陥ったとき、飛行士たちはスピードマスターを使って、地球の大気圏に再突入するために宇宙船の位置を調整するエンジン噴射の時間を計測した。”

 

 そして、帰還に必要な、わずか14秒のエンジン噴射に成功したという……。こんな歴史を背負った腕時計と日々暮らしていたとは! ぼくの何気ない日常で、真空でも無重力でも、月の最低気温(-160℃)でも最高気温(120℃)でも、打上げや再突入で衝撃を受けても機能する時計が使用されていたという驚き。では今からこの機能を活かす人生を歩もう、なんてことはゆめゆめ思ってはいないが、少なくともこの優秀な相棒に敬意を払いたい。そしてこれからも一緒に働いてもらいたい。ぼくはオーバーホールに出すことを決めた。

 

銀座7丁目

 

 まず父とともに銀座のOMEGAのブティックに足を運んだときは色々とビックリした。ガラス張りの展示室に通されたかと思うと、ウィーンと床が上昇し、なんだなんだと慌てる親子。実はそれはエレベーターで、売り場まで直通している。そこからまたエレベーターでカスタマーサービスのフロアまで案内されると、丁重に迎えられ、その場ですぐに腕時計を預けることができた。これまたガラスの向こうでは科学者みたいな人たちが目にレンズを当てて時計をいじっていて、その様子はさながら007のよう。(ちなみにジェームズ・ボンドはオメガを着用している。)

 

OMEGA カスタマーセンター

 

 待つこと数分、簡単な検査結果が出て、懇切丁寧に説明を受ける。どうやら「磁気帯び」とやらで秒針が進むのが速くなっているらしい。「私どもから言うのは非常に心苦しいのですが、パソコンなどの近くでは外してもらうのが……」と店員さんは本当に言いづらそうだ。たしかに、腕時計屋が腕時計を外すことをすすめるなんて、どこか可笑しく、なんだか少し緊張がほぐれた。磁気はそこで除去してもらい、この時計に必要なメンテナンス内容が記載された見積書が出される。

 

 「磁気帯び除去」0円 「オーバーホール」57,500円

 

 なんというどんぶり勘定!!金額に目が飛び出る前に腹のなかで笑ってしまった。もちろん後日かかった費用の詳細が送られてきたが、「磁気帯び除去」のとってつけたようなサービス感がたまらなくいい。しかし笑っていられるのも束の間、この金額、正直ぼくの財力にはかなり厳しい。ぼくは父の目を見たが、父は目を逸らす。わかったよ、オレが腹をくくるよ。それでこそ自立した大人だろ。時間にして数秒の駆け引きがあったあと、ぼくは店員さんの差し出す紙に戸惑いを隠してサインした。

 

銀座

 

 それから約7週間、オーバーホールは完了し、ぼくは一人で銀座の街中に立っていた。みんなみんな、いつか去っていく。名残惜しいが、互いの人生が交差した時間に、喜びを見いだそう。ある時代、ある地域で、ある人と出会えたこと自体が奇跡なのであり、それ以上を求めるのは贅沢だ。喜びの尺度は時間の長さとは別にある。ぼくたちは語り、心地よい時を過ごした。それだけでいい。その日の銀座はどこか時間がゆっくりと流れているようで、太陽に照らされた白い雪がまぶしかった。

 

OMEGAブティック入口

 

 OMEGA再訪。ちょうどソチオリンピックも始まり、公式時計となった宣伝が打たれている。もう迷わずに直接目的の場所に行き、時計を引き取りに来ましたとすみやかに伝える。わなわなと震えたのは、一万円札を一枚、二枚、三枚……と財布から出すときで、身を切るような思いだった。(「身銭を切る」とはよく言ったものだ。)でも、それでなければ、おそらくものを愛せないし、愛しつづけることもできないだろう。

 

 受け渡されたのは、ピカピカになったスピードマスター。

 いくつかの部品交換もなされていて、状態はまさに新品同様だ。ゼンマイを巻き、新しい時が流れ始める。

 

OMEGA スピードマスター2

 

OMEGA スピードマスター3

 

OMEGA スピードマスター1

 

 これからこの腕時計とどんな時を過ごすのだろうか。いや、それは自分が決めることだ。想像力を宇宙に広げるのも、狭い部屋にとどめてしまうのも、すべて自分次第。自ら動きだすことによって、時も動きだす。ぼくは今後の「時」を引き受ける覚悟として、そして未踏の地を駆け抜ける決意として、自分にとっての大枚をはたいた。それは未来への投資でもある。当然ぼくは働きつづけなくてはならない。夢を追いかけながら。この腕時計が、ぼくの想像力にどこまで耐えてくれるか、楽しみにしている。OMEGAスピードマスターのコピーには「スイスでテスト済み。ヒューストンでテスト済み。月でテスト済み。」というものがある。最後に必要なのは、「人生でテスト済み。」の一言だろう。

 

スピードマスターを身につける
 
【参考文献】

JOSH SIMS著『MEN’S FASHION BIBLE』

アエラムック2008『OMEGA by AERA オメガ、変わらない革新者。』