第16回別冊スクラップブック『寂しき番町街 / Positively Bancho Street』

201401/24

 

 麹町に移り住んでから七年が経った。自分の住む街について書いてみようと思う。その前に、ぼくは何でもない通りが好きだ。それは趣のある小路といったものでもなければ、交通の要である幹線道路といったものでもない。住宅と住宅のあいだに張り巡らされたただの道が、ぼくの興味を惹きつける。

 

 そこには、そこはかとなく生きる匂いがし、これといって何も起こるわけでもない物憂さや、通勤・通学で道行く人々の疲れた顔がある。「通りすがる」といった言葉がまさにふさわしく、散策すべき場所も憩いの場もない通り道は、ある種の孤独を背負って歩くのが似つかわしく、実存と道とが醸し出す独特な雰囲気が漂っている。

 

 そんなことを考えるとき、道にただ番号をつけただけの「~番街」という響きには、冬空のもとコートを着込んで歩きたくなるような格好良さがあり、思い描く「通りすがり」のイメージをうまく喚起させる。たとえばニューヨークのストリート。《ニューヨーク52番街》などというヒットソングもあったし、同じく音楽でいえば、ボブ・ディランが当時の恋人であったスーズ・ロトロと腕を組んでグリニッジ・ヴィレッジの西四番街を歩くジャケットが目に浮かぶ。

 

 そしてディランにはその名も《寂しき四番街》(原題:「Positively 4th Street」)という歌があり、極めてポップな曲調に、自分を取り巻く環境や過去との決別を図った歌詞を織り交ぜている。(ここから“”で引用していこう。訳は中川五郎氏による。)

 

“図々しいにもほどがあるよ
ぼくを友だち呼ばわりするなんて
ぼくが落ち込んでいた時
きみはそばでにやにや笑って見ていただけじゃないか”

 

 ここで最初に戻れば、麹町一帯の地域は「番町」と名づけられており、それぞれにシンプルな数字が割り当てられている。今回は「番町」を「番街」とみなして、《寂しき四番街》でも聴きながら、「通りすがりのストリート」を散歩してみよう。

 

1一番町

 

 一番町のストリート、こういう本当になんでもない道路に、かえってさまざま感情が沸き起こってくる。ほんと、以前ぼくが困った状況に追い込まれたとき、援護射撃ではなく背中を撃ってきた「友だち」がいた。仲介するよなんて言いながら、戦わんとする相手にぼくの知られたくない情報をどんどん流してくれた。おかげで形勢は不利になった。彼のことはそれまでの関係から仲間だと思っていたが、そう問い詰めると「ぼくを信用していたからこそ」やったことだと言う。まったく、えらい信用を得たものだ。

 

“いい根性しているよね
手助けするよって言うなんて
勝っている側に
つきたいだけなのに”

 

2一番町

 

 坂を上ると女学園の立ち並ぶ地帯となる。部活動でのかけ声が、マンションのコンクリートにこだまして、よく部屋まで聞こえてくる。

 

3一番町 壁と空

 

 生徒たちは、この高い塀に囲まれて、いったいどんなことを学んでいるのだろう。教養(リベラル・アーツ)が「人を自由にする学問」ならば、人が大事な青春を使って勉学に励むことは何より自由を手に入れるためのはず。でも、今はただ、空がいちばん自由であるように見えてしまう。空に柵は立てられない。生徒たちは日に何度、この空を見上げているだろうか。

 

“ぼくにはがっかりさせられたって言うんだね
ほんとうはそうじゃないってわかっているくせに
そんなに傷ついたのなら
どうしてはっきり伝えようとしないんだ”

 

 ぼくは学校を駆け上がるにつれて姿を変えつづけてきた。陸上選手から受験生へ、受験生から学生を経て留年生へ、そこでは司会者、撮影者、ネット番組制作者と手を替え品を替え放浪し、そこから就活問題を皮切りに社会運動家に転身。そして脱就活を果たした今のアイデンティティは文筆家。自分にとっては必要だったまわり道も、一部ではそのつど失望を買ってきた。「走りつづければよかったのに」「優等生が落ちこぼれに」「なぜ活動をやめたんだ」などなど。彼らはそれぞれにイメージをつくり上げ、まるで裏切られたかのように振る舞う。

 

“信念をなくしたって言うけど
そんなのどうでもいいことだろう
なくすような信念など自分が持っていないって
ちゃんとわかっているくせに”

 

 信念、信念と声高に叫ぶ者ほど、信念なんて雀の涙ほども持ち合わせていない。彼らにとって信念とは、あるときは変化への恐怖であり、またあるときは思考の怠慢である。自分の承認欲求を満たしてくれる居心地のいい空間がしばしば「信念」と呼ばれていた。でもそれはゆっくりと腐りながらとどまっているだけのことである。

 

4袖摺坂

 

 一番町をそのまま抜けて行くと交差点で「袖摺坂」に突き当たる。道幅が狭く、行き交う人々の袖が触れ合ったことから名づけられたという。「袖振り合うも多生の縁」というが、そういう発想は大事にしつつ、現世では切るべき縁は切らなくてはいけない。袖が触れ合うたびに縁をつくっていては、たまったもんじゃない。かつてコミュニティの重要性を強調し人との繋がりを求めていた時期があったが、それを維持することや件の「承認欲求者」に大変悩まされ、あらぬ誤解も生んだりして疲弊した。暮らしを生き生きとさせるはずの繋がりの糸が、自らの首を絞めるようでは意味がない。金銭的にも精神的にもしっかりと自立した個のうえに、はじめて連帯は築かれるのだと学んだ。今は袖くらいでは見向きもしない。手を握り合った人、それも先に挙げた変化をずっと見守っていてくれた人と、生を支え合っていきたい。

 

“ぼくの背後でこそこそ喋る
そのわけがわかっているよ
きみがつるんでいる人たちの中に
前はぼくもいたんだから”

 

5四番町図書館

 

 袖摺坂を上り、行人坂を下った先には四番町図書館がある。行き詰まったときにはよくここに籠り本をあさっている。よし、書棚の本を全部読んでやろうとやる気にさせる、こぢんまりとした図書館だ。番町のなかでもここがぼくの中心地といえよう。書を捨てて、街へ出る。その街で、書に出会う。街に書斎を持つこと、これほど素晴らしいことはない。やり直したいときはいつでも、街で言葉をつかむことからはじまる。

 

6四番町交差点

 

“いったい何から始めたらいいのかまるでわからないことを
隠そうとしている男と
ぼくがつき合おうとしていると思うなんて
まったくのばか者扱いだね”

 

7進学予備校

 

 四番町の西に歩みを進めていくと、大手進学予備校に出くわす。逆光で像が見えないところがどこか受験というものを象徴している。また、受験生を太陽に近づきすぎて翼を溶かし墜落したイカロスに重ね合わせてもみる。気をつけて飛ばないと命を落とす。低すぎてはこの社会では不自由するかもしれないしが、高すぎても型どおりにしか動けないロボットになってしまう可能性がある。中くらいの高さで、目の前が見えなくなるほどには邁進せず、絶えず「今」を見つめて飛ぶのが良いだろう。自分はどの地平を目指しているのか、それはX軸とY軸の座標のなかには書かれていない。

 

8五番町

 

 予備校を通り過ぎ、市ヶ谷方面に少し向かったあと、西に折れて五番町に入る。ここはどの番町ストリートよりも閑静で落ち着いた風情がある。もともと「番町」という地名の由来は、江戸城に入った徳川家康が西側の守りを固めるために、この一帯に「大番組」という旗本たちを住まわせたことによる。明治以降は文人たちにも愛され、泉鏡花や内田百閒などが五番町で過ごし、さらに後進の作家では吉行淳之介もここの住人だったという。どの街に誰々が住んでいて、というのは実はあまり興味がないのだが、一つの街で育まれていく人間同士の交流には憧れる。現代は友人であっても誰がどこに居るかわからず、下手すれば隣の人の顔さえも知らない、ということもある。

 

“街でばったり会ったりしたら
いつでも驚いたふりをして
「元気?」「頑張ってね」と言うけれど
口先だけなんだ”

 

9番町土手

 

 五番町の奥へと進むと土手の舗道があらわれる。この下は中央線と総武線の電車が数分置きに走り忙しいが、この散歩道は、静寂そのものだ。都会の真ん中で自分がとても小さく感じ、玉ねぎの皮を剥くように、自分を覆う偽善や道化といった仮面が、一枚一枚外されていく。だが身軽になるのはいいが、そこにはなにが残るのだろう。「言葉」と言えたら格好いいだろうが、佇んでいるのはきっと、寂しさに耐えられず大切な人に電話をかけてしまうただの男に違いない。
 

“ぼくが自分でそう思っているように
きみもぼくのことを役立たずだと思っているのなら
目の前に立って
大声でそう言えばいいじゃないか”

 

 JR四ツ谷駅に出て、交差点を半蔵門側に曲がって麹町大通りを歩く。右手には大学が見え、この界隈ではサラリーマンと学生とが入り交じる。人生の二つの段階が道で出会い、何事もなかったかのように通り過ぎていく。互いが互いの存在を亡霊のように見つめる。学生はすれ違う現実に目をつむり、就職セミナーに足繁く通う。

 

“心引き裂かれている人たちを優しく抱きしめているきみを見ても
ぼくはあまりいい気分にはなれないね
もしもぼくが盗賊の頭だったら
たぶん彼らからだって奪っちゃうよ”

 

10麹町公園

 

 一方でサラリーマンは街の一角に設けられた小さな公園で一服。いつも紫煙がたなびき、この公園で子供が遊んでいるところは見たことがない。完全に大人のとまり木と化している。羽を休めるのも煙草が燃え尽きるまでの束の間、すぐに襟を正し、会社へ、出先へ、飛んでゆく。

 

“自分の地位や持ち場に
きみは不満足のようだね
わからないのかい
ぼくがかかずらわるようなことじゃないよ”

 

11二番町

 

 公園からは番町中央通りが二番町に向かって一本に伸びている。往々にしてビル風が強く吹くので、身をかがめて足早に突き進むことが多い。

 

12二番町 ベルギー大使館脇

 

 風を切り抜けた先、ベルギー大使館の傍らにはマロニエが植えられている。サルトルの小説『嘔吐』の主人公アントワーヌ・ロカンタンはこの木の根っこを見て吐き気を催した。「事物は与えられた名称から解放された。(…)私は名づけようのない〈事物〉のまん中にいる。たったひとり、合言葉もなく、防禦施設もなく、事物に囲まれている。」事物が意味を失い、物自体として立ちあらわれる。「私にはもう耐えられなかった。事物がこうも身近いことに我慢できなかった。(…)軽い実存どもが一跳びで飛び上り梢にとまる。いま、私は我に返る。自分がどこにいるかがわかった。私は、公園にいるのである。」そして私は理解した、と言う。「〈吐き気〉は私から離れなかったし、それがすぐに離れるだろうとも思わない。しかし私はもう、吐き気に襲われまい。吐き気とは、もはや病気でも、一時的な咳込みでもなく、この私自身なのだ。」

 

 この世界は、なにかを計算したり、比べたりして成り立つものではなく、そこから逃げ出し、孤立し、はみでてしまう、圧倒的な不条理を抱えた存在である。学生でもない、サラリーマンでもない、あらゆる表象を逃れた「替えのきかない自分」という生を不安(吐き気)とともに引き受けることから、人生ははじまる。生きようと決意した人間は自ずと「異邦人」にならざるをえない。友人のふりをした友人から、異郷をさまよう真摯な生き方について、とやかく言われる筋合いはない。

 

“ぼくは願わずにはいられない、たった一度でいいから
きみがぼくの身になってくれたら
そしてぼくが
きみの立場に立てたらって”

 

13日テレ通り

 

 番町街をほぼ一周し、日テレ通りにたどり着く。今日も自分の行いとは関係なく、街は動いている。世界の自分に対する無関心、それが海に身を浮かべるように解放的な気持ちにさせる。おそらくストリートには想像する以上に、異邦人の寂しさと隣り合わせの、反抗と自由と熱情が満ちていることだろう。彼にとって真理は存在することと感じることで、見せかけの「友だち」と付き合っている暇はない。それは真に大切な人の髪の毛一本ほどの重さにも値しないだろう。