シカミミの絵日記10『追憶のハイスクール01』

201401/09

 

高校生

 
 高校生といったらコレというアイテムがいくつかある。紙パックやサブバックは良い例だ。その他、学ラン、自転車、弁当箱、色々と思い浮かぶ。そしてそれにまつわる思い出も。放課後のチャイムが鳴り、駐輪所で待ち合わせした恋人と照れを隠して自転車に乗り、夕陽にきらきらと輝く川を見下ろしながら、時を引きのばすかのようにゆっくりと土手を行く……。

 

 後者は偽りの記憶である。川沿いにある学校でもなかったし、思えば男子校だった。通学電車で乗り合わす見知らぬ女子高生を単語帳越しにじーっと見つめる暗い青春だった。三十分ほどの“甘いひと時”を味わったあとの寂寥感、途中下車していく彼女たちの後ろ姿が忘れられない。

 

 こういう噂が残っている。校舎の上にはドーム型の天体観測室があった。あるとき住民からの通報があり、望遠鏡の角度がおかしいという。職員がなかに入ってみると、たしかに望遠鏡は空ではなく地上を向いており、のぞいてみると近くの女子校が映っていた、という話だ。天体観測部は活動停止になったらしいが、ぼくたちにとってロマンとは、空に散りばめられた美しい星々ではなく、まさにそういうものだった。

 

 水を張った鍋に豆腐をいれて、外からトントンと叩いていくと、なかの豆腐は直接さわらなくてもモロモロに崩れてしまう。ボクシングでパンチを浴びて脳がそういう状態になることを「頭が沸く」というようだが、進学校での日々も、単語や用語や公式といった詰め込み攻撃を受けて「頭が沸く」。

 

 ふり返れば、15ラウンドを戦い抜いたんだなと思う。ぼくたちはあの高校で、グロッキーになりながらも、立っていた。「今」は夢や希望と一緒に「未来」という言葉に預けられ、荒野を生きた。

 

 このような高校生(受験生)のあらゆる持ち物のなかで、いちばん必要で役に立つのは、「言葉」ではないだろうか。部活にも入らず、悶々とした学校生活を送っていたある日、国語の先生からいきなり呼び出しを受けた。なにかやらかしたなと肩をすくめて職員室に入ると、先生は「はい、これあげる」と小さな文庫本をそっと差し出した。寺山修司の『ポケットに名言を』だった。

 

 理由はまったく覚えていない。その本に出くわすたびに、先生の顔が浮かんでくるだけだ。そのときはただ懸命に読んだ。教科書的な言葉に埋もれた日々のなかで、それが異質な言語体験であることを感じながら。

 

 寺山は本書の冒頭でこう述べる。

 

“時には、言葉は思い出にすぎない。だが、ときには言葉は世界全部の重さと釣合うこともあるだろう。そして、そんな言葉こそが『名言』ということになるのである。”

 

 

 そこには古今東西の「名言」が載っていた。教科書の山からいきなりアフォリズムの海に投げ出されたぼくは、正直に「わからなかった」と告げた。先生は「まだわからないさ」と目を細めて笑っていた。なんだか悔しくて、寺山のことも知りたくて、ちょっと勉強した。そして彼の「海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり」という短歌に出会い、よくわからないが「これだ!」という感触をつかんだ。女子高生の背中を追いかける力が言葉の上の少女に向かい、それ以来、受験勉強の傍ら言葉の海を旅するのが楽しみになった。

 

 高校の授業のほとんどは「言葉」と接していたようで、実は単なる「記号」と戯れていたにすぎない。記号としてのナポレオンは、“海を知らぬ少女”の響きには敗北するだろう。受験のための分厚い参考書など、一首の短歌の重さにも満たない。大学での学びに橋を架ける高校は、言葉と自分の関係、そして言葉と世界の関係を模索する場であってほしい。

 

 寺山には「煙草くさき国語教師が言うときに明日という語は最もかなし」という歌もあるが、ぼくにとっては「明日」をくれた存在が国語教師だった。少なくとも、受験や就活でさえも押しつぶせない言葉の種を植えつけてくれた。

 

 もし先生に会えたら、まだわからない、と答えてやろう。だからこそ、いつまでも明日はそれを咲かせてやろうと頑張れているのです、と。

 

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