シカミミの絵日記8『就活しても、しなくても』

201312/21

 

 「脱就活」は就活を通さない就職の模索であり、「反就活」ではない。あくまで働くまでの道を増やそうよ、ということだ。だから既存の就活もその選択肢の一つとして位置づけられる。

 

 ぼくは大学の三年生のとき、もっと勉強したい、もうちょっとモラトリアムが欲しいと思って就活を放棄し、留年することに決めた。同世代の友人が就活に勤しむなか、ぼくは本を読んだりラジオ放送を試みたりデモをしたりと留年活動(留活)に精を出し、少し恥ずかしい言い方だけれども、自分は何者か、何になれるのかをずっと考えていた。

 

 悩みながらも自分にできる表現をしつづけていたら、縁が縁を呼び、就労に結びついた。言葉が現実をつくる、それを改めて実感した。たとえば、留活中にぼくは演劇をはじめたのだが、そのきっかけは寺山修司好きが高じて「ぼくは演出家である」と周りに話していたら、友人のあいだで舞台の企画が持ち上がったとき、「じゃあ演出はシカミミで」という展開になったことにある。演出など一度もしたことない。数か月、見よう見まねで「うん」とか「そうね」とか言っていたら、舞台が一本仕上がり、ぼくはやはり「演出家」ということになった。就労までの道のりも、これに似たようなものだった。まずは“なりたい自分”を他者に臆せず言ってみるべし!

 

 精神科で働きながら(学びながら)エッセイを書いている今、綱渡りのような大学時代を振り返り、ようやく落ち着いて就活について思いを巡らすことができるようになった。通勤電車の人々を見ながら、果たして自分が大企業などに勤めていたらどうなっていただろうと想像することがある。エントリーシートに向き合うだけで蕁麻疹が出たぼくにはありえない話かもしれないが(その不安に正直に従ったわけだが)、スーツを着こなし、ケータイを耳にあてながら、さっそうとオフィス街を歩きまわる自分を見てみたくもある。

 

 そんななか、さめ子さんのギャラリーで面白いものを発見した。なにやらぼくが気になっている「社会人の生態」が描かれている。副題とともに紹介したい。

 

『新入社員』

新入社員

副題:「え。。8時15分集合って8時に来いってことなの」

 
 そうだったのか!たしかぼくたちは小学校から「5分前行動」を規範として教わってきたが、次のステージに行くにつれてひそかに繰り上げが行われ、いつの間にか「15分前」となっていたようだ。激しく怒られているフレッシュな女の子、社会の壁に直面す。

 

『3年目営業』

3年目営業

副題:「営業なめんなし」

 

 と、叱っているようだ。会社の最前線(現場)で戦う者として、意気込みが足りない!ここは仲良しこよしのガッコじゃない、敵ばっかりのシャカイなのよ!!といった感じか。3年目社員は化粧も攻め気味にばっちりきめている。かなり出来そうだ。入社後三年でいっぱしの社員になれるのか。

 

『5年目社員』

5年目社員

副題「じゃ、よろしくお願いしますね」

 

 と、思いきや、さらに上の姿があった。一見優しそうにみえるがそうではない。余裕の笑みの裏には数々の修羅場を乗り越えてきた強さが見え隠れ。ヤクザ映画を観てもドスをきかせるのは若い衆ばかりで、ボス(会長)はにこにこしているものだ。言葉の使い方も巧みで、“よろしく”に込められた数々の意味! 具体的な叱責よりも恐ろしい。これが5年目のポジションか。

 

 以上、さめ子さんの絵筆によって疑似入社をしてみたが(社会人4年目はこちらを参照)、ぼくは応援したい、会社で働く人を応援したい。さまざまな「じゃ、よろしく」に囲まれて、右往左往しながら自分の職務を遂行して、上下関係の狭間で身を立てていく。不条理なこともあるだろうし、負けることもあるだろう。そんなときは泣いてもいいんじゃないか。許されないのは泣きつづけることで、涙自体は明日の肥やしになる。そう生きなければ、何年も勤めるうちに心はからからに乾いてしまう。

 

 また、なにかしらの夢を持って働いている人もいるかもしれないが、就活をしても、脱就活をしても、働く環境からなにかを学びとろうとする姿勢さえあれば、夢にとってマイナスになることはないと信じたい。会社に勤めたら会社の景色が眺められ、その外なら外の景色が目に映る。自分を保ち、自分の居場所を創作の糧にすれば、無駄なことなど一切ない。(今回見た絵のように。)そしてどの場所からでも「わたしのありたい姿」を発信していけば――ぼくが「演出家」に事後的になったように――周りが「わたし」をその高みまで導くことだろう。

 

 働くことは社会との接点を維持することにもつながり、人を孤独な営みから救ってくれる。働いて、作品をつくること。これが一番いい人生のバランスではないかと感じながら、ぼくは脱就活3年目を迎えようとしている。

 

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