第14回別冊スクラップブック『シュトーレンのクリスマス』

201312/05

 

 サンタクロースが来なくなったのはいつからだろうか。そう母に尋ねてみると「小学6年生から」と言う。なぜ来なくなったのかと聞くと、「サンタは心のなかに行ったのよ」と答えてくる。良い話だが、ぼくはそんな抽象的なサンタよりも実際にゲームソフトや野球のバットをくれたサンタが好きだ。今すぐに心のなかから呼び出したい。今年はパソコンが欲しいです、と。

 

 ぼくは誕生日とクリスマスが近いせいで、そのへんの贈り物が一つに合わさっていた。サンタの時代を過ぎるとみんなは「クリスマスプレゼント」を待ち焦がれるようになっていったが、ぼくはあくまで「誕生日プレゼント」と口にしていた。親に二重の負担をかけるのは忍びない。それでいて、クリスマス・イブにはしっかりと大きな靴下を枕元にぶら下げて寝ていた。ぼくにとってサンタはみんなよりも少し長生きしていたのかもしれない。

 

 そんなふうに毎年わくわくしていた12月も、いつしかただの騒がしい月と感じるようになってしまった。もうケーキのロウソクの本数が増えていくのを楽しむ歳ではないし、お決まりのイルミネーションに心ときめかす幼心もない。駆け込み需要のように盛り上がる男女の交遊もあまり興味がない。いつだって愛しあえば良いと思うし、一人なら一人で良い。ぼくは世間の“こうしなければらない”という風潮が苦手だ。

 

 「向こうではクリスマスは家族と過ごすものだよ」と竹脇さんは言った。ぼくはその日、竹脇さんのスタジオである乃木坂のミッドトーキョーギャラリーにいた。時は師走。ちょうどクリスマス関連の展示がしてあり、リースやリボン、ラッピングペーパーなどが華々しく飾られていた。スタジオの一角に設けられたカフェで淹れたてのコーヒーを飲んでいると、アンナさんが白い粉をまぶした、もこもこしたパンの山を目の前に持ってきた。

 

シュトーレン1

 

 アンナさんはこのカフェで働いている女性だ。彼女の焼くビスケットはとても美味しい。その他、手作りの菓子やジャムなどこのカフェで出されるものはなんでも舌鼓を打つが(竹脇さん厳選の食材でもある)、今回もその一つとしてこの「もこもこ」が出てきた。

 

 「シュトーレン」。それがこのパンの名前だった。白い粉はもちろん砂糖。この時期によくあるケーキのような菓子パンかと思えば、さにあらず。これには特徴的でおもしろい食べ方があった。クリスマスを迎えるその日まで、このパンを一日ずつスライスして、少しずつ、少しずつ、食べていくのだ。聞くと日が経つにつれてなかのドライフルーツなどが染み込んで、味が変わってくるという。どんどん美味しくなっていくのだ。なんて素敵な発想だろう。ドイツの習慣らしいが、ぼくは恥ずかしながらこのパンの存在すら知らず、二十数年間、クリスマスを一点だけに集中し、他を無為に過ごしてきたのだ。

 

 おそらく、多くの日本の人々も、クリスマスをその日に限って特別な時間と捉えていることだろう。たとえばクリスマスをカップルでいるとか、いないとか、そういったことが語られるように。落ち着きがない。ちょっとヤな感じだね。なんてことをカフェで話していたら、冒頭の発言に出くわす。

 

 ヨーロッパでは一家でシュトーレンを切るようにクリスマス(キリスト)を待つことを「アドベント」と言うようで、それぞれの国にさまざまなかたちがある。こういう文化ごと輸入されていれば、12月はオトナになった後でも愉しめるのにな、と思った。

 

 というわけで、さっそくアンナさんのつくったシュトーレンを買って持ち帰る。シュトーレンが一つのカルチャーショックだったうちには、それを出迎える文化的土壌はなく、仕方なく包丁を取り出す。

 

シュトーレン2

 

甘い香りが漂う。

 

シュトーレン3

 

 一口食べた。頬が落ちるとはこのことだろう。うまい!もう一切れ!

 

 と、伸びようとする手を押える。ここで食べたら意味がない。クリスマスがやって来ない。くるくると包む。

 

シュトーレン4

 

 明日はもっと美味しくなるだろう。あさってはもっと。その次はもっともっと…。
 

 子どもの頃思い描いていた夢や希望も、そんな期待が込められていたような気がする。待ち受ける現実は困難なものだったかもしれないが、人はサンタを信じる代わりに、自分を信じる力を持つ。それが大人になるということであり、サンタを心のなかにしまいこんだ者の生きる「明日」である。

 

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