第5回別冊スクラップブック『七年越しの入学祝い / ガラスレザーを磨き始める』

201305/22

 

 そうだ、本を売ろうと思った。ここ最近、別冊スクラップブックでも紹介しているように、刺激的なモノや体験に出会うことにより、“知覚の扉”が開かれるような“プログレる”ことが多くなり、自分でもびっくりするくらいに感性が変化してきている。そんな日々のなか、ふと書棚を見やると、むかし感動したものが、さして心に響かない事実に思い当たった。自室が自分の成長とマッチしていないと気づくやいなや、そわそわしてしまって仕事にならない。こういうとき、ぼくは普段はあまりしない部屋の掃除や所持品の整理を唐突に始め、周囲(家族)を驚かす。「今日は家で仕事するから」と言いながらも、ただ掃除機の音だけが聞こえてくるようなら、それは過去の自分との決別を図っていると想像していい。今回はいまだかつてない“そわそわ感”から、大規模な改革を企てることにした。たとえ二日酔いで気持ち悪くとも“もったいない”という観点から吐かまいとするぼくが、一度に100冊くらいの本を処分すべくキャリーバッグに詰めて、町をコロコロと歩き出した。

 

 そのなかには、中学から高校にかけて愛読していた村上春樹の小説も入っており、デビュー作の『風の歌を聴け』から近著の『1Q84』まで、全部売ってしまった。この決断はかつてなら考えられないが、自分にとっては通過してしまった心の風景で、そこで眺めた物事は記憶の“車窓”に収めておこうと思う。

 

 あとは、大槻ケンヂが実践したように(オーケンは内科の先生にまず“オカルト趣味”をやめるよう言われたらしい)胡散臭い「似非科学本」は自分を律するためにも破棄。自己啓発本などもいらない。ジャーゴン連発の「ニューアカ」と「ニューエイジ」は語感も似ているしさらば。少なくとも現在のぼくには衒学的な思考は避けなくてはならない。また時代ごとのベストセラー書籍も単行本でけっこう持っていたが捨てる。なんでこんなもの読んでいたのだろうかと不思議に思うものがたくさんあったが、“若気の至り”という便利な言葉で片づけられよう。

 

 おそらく本にとっては「仲良くしてたのに…」という感じだろうが、心を鬼にしてバサバサと斬る。文章でもそうだが、なにを加えるかではなく、なにを削ぎ落とすかに(人生の)クオリティが決まってくる。次のステップを導く良いものに出会えたら、前のものはすぱっと捨てる。この勇気が欠かせない。

 

 一方で、大量の本を古本屋まで引っ張っていく体力もまた不可欠。痛めていた腰に追い打ちをかける地下鉄の階段、その途中にある踊り場ってありがたいなと思った。

 

 古本屋にたどり着いた瞬間は、もうタダでいい、とさえ思った。とにかくこれを引き取ってくれ。査定を待っている間に背筋を伸ばして体をほぐす。でも「喉元すぎれば熱さを忘れる」で、提示された金額を見て「安いな」とつぶやく。

 

 無事に過去を清算した結果、“新生シカミミ”の本棚は、おもに精神医学の本、相変わらずの人文書、新入りの生物学、植草甚一、須賀敦子、そしてボブ・ディランという顔ぶれになった。サーカスのように一風変わったにぎやかさがある。ここからなにが生み出されるか楽しみだ。とりあえず、すっきりした。

 

 しかし、本を処分して家に帰るも、どうもまだ“そわそわ”する。仕事に向き合いたいが、意識はもう“部屋の内面性”に注がれっぱなし。こういうときは整理整頓にかぎる。おもちゃ箱をひっくり返すように、部屋にあるものすべてをチェックしなければ気が済まない。ぼくは自分の立ち位置を確認するがごとく、一箇所ずつ部屋の点検を始めた。

 

 思い出したくないものの続出である。暗い青春を送ってきたので、発掘物は総じて暗い。熱い手紙は闇に沈めたく、能天気な明るいCDは音楽に暗い時代を暴き出す。ぼくも中学時代からKing Crimsonなど聴いていたかった。

 

 気持ちよく仕事するための片づけのはずが、ますます仕事が手につかなくなってくる。引き出しを開けるたびに自信が失われる。明らかに勉強不足であり、世間知らずな「部屋」である。なかば半生に諦念しかけていたとき、恐る恐る次のチェストを引くと、「あっ」と光がさした。

 

THEME

 

 この赤いレザーは素晴らしい。さきほどまで探ってきた自分の人生に似つかわしくない輝きがあった。これはなんだろう。そしていつ手に入れたものだろう。気になって中身をよくのぞいてみた。

 

 左側はこうなっている。

THEME左側

 

 右側はこのような感じ。

THEME右側

 

 左右で色んなものが入りそうだ。そして、このレザーを見たぼくは純粋に「磨こう」と思った。第3回別冊スクラップブックで革靴を買った経緯から、手元にワックスがあった。赤に塗っても大丈夫と思えるブラウンである。靴磨きの手をこのレザーにも活かしてみよう。(※本当は鞄、手帳などは色落ちするから靴用ワックスやクリームで磨いてはダメで、デリケートクリームと水拭きをするのがよい、と後日菩提寺医師から伝えられた。ありがとうございます。)

 

磨く

 

 光る、光る、これまでの回想を一気に照らすように輝き出す。ぼくは仕事のことなど忘れて無我夢中に磨いた。

 

 このくらいでいいだろうと額に浮かんだ汗を拭き、さて、これをどう使おうと考えた。まず左側には文庫本がセットできそうだ。

 

THEMEブックカバー右

 

 本の反対側には、付箋としおりを挟んでおいた。

 

THEMEブックカバー左

 

 一方で右側には、輪っかのところにシャープペンシルを、幅広い差し込み口のところにはメモ帳を入れてみた。

 

THEMEメモパッド

 

 こうして、「ブックカバー」と「メモパッド」を合わせたような赤いレザーの“オリジナルジャケット”が出来上がった。最後に平ゴムを巻いてみると…

 

THEMEガラスレザー(レッド)

 

 完璧だ。ぼくはこんなものを持っていたのだ。過去の色が一転し、華やいで見える。

 

 ぴかぴかの赤いレザーとお気に入りのディラン文庫を抱え、町へ飛び出した。仕事のことはついに頭から離れた。ただ唯一気になることは、なぜこれがあったかである。一応、夜に控えていた用事を済ませて帰宅し、さっそく親にぴかぴかレザーを自慢げに見せてみた。

 

 「それ、シカミミの大学入学祝いに父が買ったやつだよ。」

 

 と母に言われた。ええ、そうだったのか!そんな記念品がなぜチェストの奥に眠っていたのだ。いや、眠らせていたのは間違いなく自分なのだが、その“良さ”をいま発見するとは!

 

 大学生活で人より一年多い五年間を費やし、社会に出てから二年目の今年、入学から流れた月日は七年間、やっとめぐり会えた赤いレザーのカバー。父さん、すまない。

 

 調べてみると、これは「BRIT HOUSE」というメーカーがつくっている「THEME」シリーズの「ガラスレザー」で、質は良く、とても値の張る文具だった。まさに大学生活のはじまりを飾るにふさわしい一品で、これでしっかりと学習しなさい、ということだったのだろうか。それが本日、ようやく日の目を見た。大学でどこまでちゃんと学べたかはわからないけど、今日を改めて「入学」の日とし、大切に磨き使いながら、今後も勉強しつづけていきます。過去と見切りをつける日だったはずが、過去に与えられた想いを引き受け、気持ちを新たにする日となった。出会いは未来だけでなく、過去からも訪れる。さよならだけが人生ではないのかもしれない。